2021年11月26日
Adobe Creative Cloudを活用したマスクデザインプロジェクト、地域社会が求めるスキルにつながる/那珂湊高等学校商業科
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那珂湊高等学校は、普通科と商業科を擁す茨城県ひたちなか市にある県立校。前身となる湊商業学校は茨城県初の商業高校として1901年に開校、120年の歴史を誇る。『「創造力・企画力・説明力」がある人材の育成/世界を視野に地域貢献』を学校におけるグランドデザインに掲げ、観光PRや商品開発など地域社会との連携にも力を入れている。授業では、アドビのクリエイティブツールを活用した実践的な学びを実現、大きな成果をあげている。その1つである、マスクデザインプロジェクトについて成冨雅人教諭と生徒に話を聞いた。
変化する社会に対応する学び、「デザイン」へと舵を切る
かつては那珂湊高等学校情報ビジネス科も、プログラミングなど情報処理、商業科に関連する検定・資格取得を目指す学びが主流であった。正解を教え、教科書を記憶させることに比重をおいた。基礎学力、検定・資格取得は大切であることに変わりはないが、目まぐるしく変化するビジネスの場において、この学びだけでは卒業後に通用しないのではないか、成冨教諭らは変革の必要性を感じていた。5年ほど前、検定や資格といった学びに終始するのは止めて「デザイン」を主軸にしていくことを決断、Adobe Creative Cloudを採用した。
なぜ「デザイン」かというと、1つには実践的な教育をするためだ。背景には、商業科に対し、効果的なマーケティングの知識やデジタルツールを活用した表現など実践力を期待する地域企業の声もあった。もう1つは、生徒が興味関心をもって自ずと学べるからだ。スマホが普及した今、デジタルネイティブの生徒たちはデザインやデジタルツールへの関心が高い。全てを教えなくても生徒と教諭が共に学べる授業が可能なのだ。一方的に正解を教えるのではなく興味のあることを模索し自発的に突きつめてほしい、成冨教諭を中心に商業科教員全体でそう考えた。
情報ビジネス科はじめ3年生全員が使えるiMac 41台があり、Adobeのツールに精通している教諭もいてAdobe Creative Cloudの導入はスムーズに進んだ。
マスク制作プロジェクト 企業も生徒も真剣に取り組み商品化を狙う
2021年初夏、3年生の学校設定科目「ビジネスデザイン」5単位の中でマスク制作プロジェクトが始動した。名古屋に本社のある株式会社ロイヤルと提携し、「毎日のマスクスタイルをファッションに」というコンセプトの使い捨てマスクのデザインに情報ビジネス科3年生41名全員で取り組んだ。デザインに使用するのはAdobe Illustratorだ。基本的な使い方は授業の中で学習したが、実際に発想したデザインの実現方法は教えてもらうのではなく、生徒が能動的に動画を見たり情報を調べたりして試行錯誤し実践の中で習得する。
まずは企業の担当者から、マスクを使用する対象者について考えるなど、デザインする上で大切なポイントのレクチャーをオンラインで受けた。
生徒たちは対象者を想定し思い思いにアイデアをめぐらせてマスクのデザインに取り組んだ。Illustratorで作成したデザインを紙に印刷し、実際にマスクの形になるようプリーツ部分を折ってみて試行錯誤する。授業数15コマを使い試作が完成した。
次は、商品化をかけて企業へのプレゼンだ。企業の本社から社長、三重県のマスク工場からはデザイナー、マスク事業の責任者らが参加、教室とオンラインでつなぎ、試作したマスクを手に生徒たちのプレゼンにも熱がこもった。売れる商品を開発するため、生徒はもちろん、企業の真剣さもうかがわれたという。
2年生46名8チーム、3年生116名、教員のマスクデザインのうち、13のデザインの商品化が最終的に決定(モトイキ)した。その中の4つのデザインは企業側の修正もなくそのまま採用されるほどの完成度だった。福岡から仙台まで11の実店舗で販売が開始され好調な売れ行きだという。まもなくECサイトでの販売もスタートする予定だ。
売れる商品を開発するといった真剣勝負の課題を提供してもらえるのが企業と連携する大きな魅力、と成冨教諭。そこには実践であるからこその苦い経験や、達成感、喜びがあって、社会で活用できる力に直接つながるからだ。
「直すところがない」、プロが絶賛する見事なデザイン
情報ビジネス科3年生の鴨志田さんは、「那珂湊高校をデザインで表現したいと思いついた。ひたちなか市準公認の“みなとちゃん”などキャラクターを使用しない方法を考え出したかった。海を望む学校なので、“海”をテーマに選んだがよくあるような水平線や砂浜などではない、オリジナリティを追求した。ファッションマスクはカラフルなものが多いがどんな年代の人にも受け入れられる落ち着いたデザインにしたかった。」と振り返る。このアイデアをどう表現するか、一番頭を悩ませたという。そこで“気泡”のある海中を表現することを思いつく。落ち着いた濃紺の海の中に“気泡”をどう表現すればよいかテクニックの部分も苦労した。試行錯誤の中でグラデーションのある図形を重ねて自身の理想に近づけた。
試作のプレゼンを見たデザイナーは「直すところがない」と完成度の高さに感嘆し商品化が決定した。鴨志田さんは、企業と直接関わることのできた今回のプロジェクトを「貴重な機会だった」と感謝を口にする。商品化の採用は自信につながったものの、「まだまだやりきりが足りない」と満足していない様子からは、クリエイターとしての拘りが垣間見える。今後もイラスト制作は続けていくつもりと意欲も見せた。そんな鴨志田さんも4月の段階ではIllustratorの使い方は何ひとつわからなかったのだという。しかし基本を習うとすぐにコツをつかんだ。ツール習得方法のアドバイスを請うと「まずは使ってみれば簡単だなと感じるはず。ハマって使えるようになる。」と笑顔を見せた。成冨教諭の「興味を持てば自ずと学び始め、それが生きる」という言葉にぴたりと重なった。
商品化につながらなかった悔しさの中に実践的な学びがある
起業ビジネス科2年生の大内さんもマーケティングの授業でマスク制作に参加した。残念ながら商品化にはいたらなかったが、光るパジャマに着想を得た「光るマスク」をデザインした。アイデアが素晴らしく企業担当者も興味を持ったのだが、使い捨てマスクとしての価格帯を考慮したときのコスト、不良品の割合やその対応など、商品とするには解決が必要な課題が残り、採用は見送られた。コスト、品質といった壁にあたったことは、教科書で正解を記憶するだけでは経験できない、実践的で生きた学びだ。今回、大内さんは手書きのデザインで参加したのだが、3年生になるとIllustratorを活用する。再び企業とのコラボレーションが実現したら、「その商品を必要とする年代を考慮してもっと良いデザインを創りたい」と明るい表情で抱負を語った。
制作から販売促進のためのデザインまで実践的に学ぶ
大内さんは、商品化されたマスクを地域の商店街で販売するために店頭に置くポップデザインにも挑戦中だ。「どうやったらマスクに興味を持ってもらえて、目を引くのか。色のバランスなども考えて工夫を凝らしている」という。郵便局での販売のために窓口におくポップを担当する生徒たちは、利用頻度の高いお年寄りの立場になって訴求できるデザインを模索する。
会計ビジネス科2年生の吉澤さんと面澤さんは、鉄道の駅や市場でのマスクの無人販売プロジェクトを遂行中だ。面澤さんは、「誰にとっても製品がわかりやすいことを心がけている。コロナの影響で人流に変化が起きて、人が集まる時間帯が読みづらくなるなど苦労もある」と語った。7名のチームを取りまとめるリーダーの吉澤さんは、「コロナ禍で中断を余儀なくされた時期があったので不安もあった。今後は那珂湊高校をPRしてみたい」と目を輝かせた。
10月に幕張メッセで開催された「JAPAN DIY HOMECENTER SHOW」の企業ブースで生徒たちのマスクが展示され、大手企業の担当者らの関心を集めた。ブースに掲示したポスターも生徒たちが手がけたものだ。ブースでは生徒たちに質問が寄せられるなど、商談に直接触れる経験にもつながったという。
実践的な学びにおけるアドビクリエイティブツールの役割、実社会が求めるスキル
成冨教諭は、「デザイン」を重視する実践的な学びにおいてアドビのクリエイティブツールの役割は、「あたりまえの道具」だという。ポップ、ポスター、マスクデザイン、販促動画を作ると伝えれば、生徒たちは迷うことなく自然にIllustrator、Photoshop、Premiere Proを開いて取り掛かる。無くてはならない「あたりまえの道具」として使いこなす。
使い方を学び始めた時には、多機能なアドビのクリエイティブツールを離れてスマートフォンの簡易アプリを使う生徒も見られるのだが、やがて全員がアドビに戻ってくると語る。生徒たちの表現したいことを全て実現できるのがアドビのツールだからというシンプルな理由だ。
成冨教諭は地域企業33社余を訪問し欲しい新卒人材像を経営者に尋ねたことがある。検定など資格試験の保持も大切ではあるが、半数以上の企業から「Illustrator」を使える人材が必要という答えが返ってきた。ポップやチラシといった販促物を外注せずにタイムリーにデザイン、内製できるスキルを企業が求めている。那珂湊高等学校の実践的で「デザイン」を重視する学びは、社会の求めるスキルにつながっているのだ。
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