2014年6月18日
1人1台の情報端末は必要か?〜佐賀県の事例から〜/田中康平の<教育現場レポート>
佐賀県在住 教育ICTデザイナー 田中康平の<教育現場レポート>
「1人1台の情報端末は必要か? 〜佐賀県の事例から〜 」
自治体の独自事業として県立高校の1人1台の情報端末(佐賀県立高校では学習者用パソコンという)が稼働を始めた佐賀県。市内の全小学校の全児童にAndroid端末を貸与し、武雄式反転授業「スマイル学習」をスタートさせた武雄市。その他にも、総務省のフューチャースクールやICT絆プロジェクトの実証研究校での実践など、佐賀は1人1台の情報端末に関する教育の情報化をリードしている地域だ。
先進的な環境で試行錯誤する中には、成功例も失敗例も存在する。当然、効果や課題も経験している。課題については公に報じられる機会が少なく、一部のブログや地元新聞の報道から推測するしかないのが実情だ。また、新しい試みにはこれまでとは違う環境整備が求められ、一般的な自治体にとっては新規予算の捻出が最大の課題となる。佐賀市在住の筆者が実際に見聞きした事も含め、佐賀の県立高校の事例における「1人1台の情報端末の必要性」を考えてみたい。
佐賀県教育委員会における、県立学校(中・高)での情報化推進の推移と現状
平成20年4月、佐賀県教育委員会の中に「教育政策課」が設置され、その中に「情報担当係」が配置された。現在の教育ICT利活用推進事業を担当する「教育情報課」の前身だ。
当時、海外で新型インフルエンザの発生・流行が確認され、佐賀県内におけるパンデミック対策の検討が始まった。教育委員会内でも「新型インフルエンザ対応行動計画」が検討され、流行期の学校閉鎖時における児童生徒の学習対応に関して、自宅学習用として利用可能なインターネット上の教育サイト・コンテンツ(eラーニング等) の活用について、具体的な検証作業が開始されることとなった。
実は、この動きが佐賀県教育委員会としての教育情報化推進の萌芽となる。
その後、民主党政権時の総務省による「フューチャースクール推進事業(平成22年度)」(※1)に佐賀市の小学校が採択され、翌年の23年度には、佐賀県立武雄青陵中学校が採択される。この事業などをきっかけに、県立学校での1人1台の情報端末(文科省等での呼称)整備が企画・立案されていくことになる。
以降の佐賀県立学校(中・高)での1人1台の情報端末に関する整備は次の通りだ。(※2)
「平成23年度」
・総務省フューチャースクール事業、文部科学省学びのイノベーション事業(武雄青陵中学校)
・あきちゃんの魔法のふでばこプロジェクト(ろう学校、金立特別支援学校)
・佐賀県単独事業 Windows7タブレットPC等整備(致遠館中学校:全生徒対象)
「平成24年度」
・佐賀県独自事業 iPadを用いた実証研究(唐津南高校、有田工業高校、鳥栖商業高校:全1年生対象)
・佐賀県独自事業 Windows8を用いた実証研究(致遠館高校、武雄高校:全1年生対象)
「平成25年度」
・佐賀県独自事業 Windows8を用いた実証研究(致遠館高校、武雄高校、唐津南高校、有田工業高校、鳥栖商業高校:全1年生対象)
この他に、前述のパンデミック対策時の「インターネット上の教育サイト・コンテンツ(eラーニング等) の活用」が発展を遂げた、独自開発の教育情報システム「SEI-Net」や、普通教室用電子黒板(※3)の整備もあるが、論点を1人1台の情報端末の必要性に絞るため、詳細は割愛する。
投じられた予算と施策評価の内容
佐賀県のHPで公開されている平成25年度当初予算に係る事業評価(図1※4)によると、「佐賀県先進的ICT利活用教育推進事業」の大枠(独自の実証研究、校内LAN更新、教育情報システム開発等を含む)に係る予算額は、平成24年度で15億円超、25年度で12億円超、24〜27年度累計額で40億円を超える。
実は、この予算には26年度の県立高校の新入学生(の家庭)が情報端末(26年度は約8500台)を購入する費用のうちの一定額(5万円)を超える費用は含まれていない。25年度9月補正予算で別途2億円超が計上されている。(※5)今の制度から変更しない限り、27年度以降も同程度の予算を継続して計上し続ける必要がある。情報端末の導入以外の周辺環境の整備だけでも巨額の予算を投じていることが分かっていただけるだろう。
生徒の目の前に存在するのは、1台の情報端末だ。今後3年間でおよそ25,500台の情報端末が整備されると見込まれており、予算累計額に情報端末関連予算の3年分を加算した額を25,500台で割ると、1台あたりおよそ190,000円となる。
1人1台の情報端末を自治体の独自予算で整備する場合の財政負担の一つの目安と捉えることが出来るかもしれない。果たして、高いのか安いのか。一般の県民や保護者、それから読者の皆さんはどのように考えるだろうか。
また、事業評価には、その名の通り「施策評価の結果」(図2)が記載されている。
指標の実績(表)の区分をご覧いただきたい。下段の区分内容「ICTの活用により、授業がよく分かるようになった児童生徒の割合」には、「児童」が含まれている。事業実施先の大半を占める県立学校は中学・高校のみである。教育界では、児童という表記は小学生を指す。算定の母集団がどこ迄を含むのか。これだけでは判断ができない。
区分の上段と中段は、文部科学省が毎年実施している「教員のICT活用指導力調査」の結果(※6)を元に評価しているものと推察される。
下の図3は、平成25年3月時点の結果である。全校種(小中高校)では、佐賀県は5項目中4項目で1位という結果だ。
評価指標は全校種(小中高)となっている。投じられた予算の殆どは、県立学校(中・高、大半は高校)での事業推進のために執行されている。評価指標と事業実施の母体の整合性について公表された資料は、現時点では目にすることは出来ていない。
因に、高等学校では、各項目で5位以内という状況だ。
区分の上段、研修を受講した教員の割合の目標値は、24年度が60%、25年度と26年度は100%となっている。24年度の調査結果(図5)では、98.2%で全国1位である。
調べたところ、県全体で教員向けの悉皆研修(悉皆:ことごとくすべての意)を実施していた。教員全員が必ず参加しなければならない状況での研修受講の結果が、ここに現れているにすぎない。
この調査は、毎年3月に実施され、文部科学省が提供するチェックリスト(※7)に、教員が主観で判断し記入する。数人の教師からは『「DVDプレヤーもICT機器(提示装置)の一つと解釈出来る。操作したことがあれば、ICTを活用して指導できるに○を書くように」と言われたことがある』と聞いた。都市伝説の様で信じ難いが、もしもそのような回答誘導が行われていたとすれば、調査結果の信憑性が問われることになるだろう。
実際の活用状況はどうなのか?
先日、佐賀市で開催された「九州ICT教育支援協議会」(※8)の研究会の様子が、地元紙により報じられた。(※9)筆者は理事としてパネルディスカッションに登壇した。
共に登壇した県立高校の現役教員からは、
「各学校には、ICT推進リーダーという教員が存在する。自分もその1人だ。本来は数学科の教員で、数学の授業を最優先に取り組みたいのだが、情報端末やネットワークにまつわるトラブルの相談が全て自分の元へ寄せられる。放課後は部活動の指導もやらなければならないが、平日はそれどころではない時もある。校外への出張も多い。現場を支えるICT支援員という人的サポートがなければ成り行かない」
という本音や、
「生徒の方が操作に長けている。教師が生徒に学ぶ場面があってよいと思う。そうして教師が慣れていく中で、有効な活用法を見いだしていくと良いのではないか」
という前向きな意見も発信された。
筆者は、県立高校で情報端末を活用した授業を数回参観したことがある。殆どの場合、教師の自作教材(Office系ソフトを活用)を生徒の端末へ配信、生徒は答えや考察結果を入力し所定の共有フォルダへ保存する、という流れだった。
40台(1クラス40人)の情報端末が一斉起動する教室が複数存在すると、往々にしてクラス内で数台は「サーバにログオン(認証)出来ない」「無線LANに接続できない」などのトラブルが発生し、その場で端末を再起動させることも多かった。その数分間、当該生徒はただ待つだけ。授業から外れてしまっていた。
佐賀の県立高校ではWindows8Proの情報端末を採用し、WindowsServerのActiveDirectoryでユーザーID/パスワードを管理し、個人認証を行っている。情報端末の起動に時間がかかる、または認証出来ないなどの事象は、Windows環境を選択した時点で逃れられない宿命ではないのか。今後改善するとしても、目に見えて変化することは難しいだろう。
授業設計は変わるのか?
事業推進当初は、学力向上を目標と掲げていたが、最近ではそこに「問題解決」「課題解決」「21世紀型スキル」といった言葉が加えられるようになった。生徒にそのようなチカラを身につけさせるためには、アクティブラーニングのような協働型の学習手法など、ICT活用を含めた新たな授業設計を研究する必要がある。
筆者の経験上、校種が小→中→高と進むに従って、教科指導におけるICT活用、特に学習者の情報端末活用は難しさを増していくと感じる。教科担当制となり、より専門性が増すほど授業法を変化させることが難しいこと、学習指導要領を前提とした授業であり教科書であること、進学校においては入試対応が重要なこと、などから、挑戦的な授業設計のイメージを描きにくいようだ。
生徒の情報リテラシーを高めるための課題
生徒の立場で考えた場合、佐賀県内の小中学校で1人1台の情報端末が整備されているのは9校のみ。大部分の小中学校では、児童生徒が情報端末を活用することは殆どない。高校に進学し、自身の情報端末を学習面で効果的に活用出来る生徒は、どの程度存在するのだろうか。
過去、中学校で1人1台の情報端末を活用した授業を参観したとき、グループで議論し協働的に学びを深めていく場面で、生徒は目の前の情報端末の画面ばかりを見てしまい、活発な意見が出てこない状況をたびたび目撃した。生徒自身に議論する習慣や、知識や思考の伝達・表現手段としての情報端末活用が十分に身に付いてない段階で、情報端末を効果的に活用することを求めるのは酷ではないだろうか。
まずは、生徒自身が基礎的な情報リテラシーを理解し、安全かつ適切な利用法を身につけるところから取り組む必要があるだろう。
しかしここにも課題が潜む。高校の指導要領では「情報科」で指導することになるが、多くの場合専任教員ではなく、他教科の兼任である。専任教員であっても、講師として複数校を兼務しているケースも多い。そのため、十分な指導時間が確保出来ない現状がある。生徒が主体的かつ安全に、適切に情報端末を活用出来るまで、どの程度の時間を要するのか、検証が必要だろう。
2年前から県独自の実証研究校を指定し、実践を進めてきてはいるが、教員や生徒自身がICTを効果的に活用した事例や、汎用的な授業モデル(指導案)の開発は着手したばかり。環境整備が先行しているとの指摘を受けることも多い。
全県立高校の1年生での1人1台の情報端末の活用は、この4月からスタートしたばかりだ。既に多くのメディアで報じられたように、教材コンテンツのダウンロードトラブルにより、活用開始が遅れた学校も多い。保護者からも、「5万円も負担して購入したのに役に立つのだろうか?」といった声が聞こえてきている。そのような状況で成果を求めるのは性急だろうと考えるのだが、佐賀県教育委員会は1学期中に大規模な成果発表会を開催する予定だという。
これだけの予算を投じて、どのような成果がもたらされるのか。県民や保護者、全国の教育関係者からも注目されている。
これからの社会において、子どもたちが情報端末を活用することは必然的な流れだと考える。既に家庭によっては、PCやタブレット端末、スマートフォンを含めると1人1台の環境を実現している場合もある。筆者の家庭もそのような状況だ。数年先には、学校で当たり前のように自分の情報端末を流暢に活用する子どもたちの姿がイメージ出来る。
佐賀県の取り組みから学ぶことは多い。蓄積された知見が広く共有され、国内の教育現場での1人1台の情報端末の整備や活用の礎となることを願っている。(田中康平)
※あくまでも、佐賀県立高校の事例に限定して取り上げた記事です。他の地域の事例について関連または言及するものではありません。
田中康平 プロフィール
株式会社NEL&M(ネル・アンド・エム)代表取締役
教育家庭新聞 記者
ITCE教育情報化コーディネーター2級(2級の会役員)
九州ICT教育支援協議会 理事
佐賀県授業デザイン学習会 事務局
教育ICT系販社に12年間在籍し、2013年11月に起業。
教育ICT環境デザイン、コーチング、ICT支援員事業等のエキスパート。全国的にも稀な幼稚園でのICT活用インストラクター業務も注目されている。
関連URL
参考資料
※1 総務省における実証研究(フューチャースクール推進事業)の概要より
※2 佐賀県の公式サイト「学びが変わる!佐賀県ICT利活用教育」より
※3 B&Sメディア社(韓国)の「e-VISION」を中心に、全県立学校の普通教室に整備されている。
※4 平成25年度当初予算に係る事業評価 佐賀県教育庁(10〜20頁)
※5 佐賀県平成25年度9月補正予算主要事項一覧(10頁)
※6 文部科学省 教員のICT活用指導力調査結果より
※7 文部科学省 教員のICT活用指導力チェックリスト
※8 九州内の教員やICT支援員関係者、大学研究者、企業関係者によって構成される団体。ICT環境整備後の活用方法や支援の在り方に関する研究会を重ねている。
※9 佐賀新聞の連載 奏論「ICT教育」6月11日掲載
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