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2019年5月20日

松田孝 前原小学校前校長の「私が校長をやめた理由」(前編)

ICT教育ニュースを始めて7年。その間常に公立小学校の校長として「ICT教育」、「STEM・プログラミング教育」の最先端を走り続けていた。そして、それらを活用した授業改善、いや「学びの改革」に取り組んできた松田校長が、学校を辞めたと聞いた。小金井市立前原小学校といえば、いまや全国に知れ渡ったICT先進校。公立の鑑。21世紀型教育のトップランナーである。頂点とも言える立場を辞して何をやるのか。いやなぜ辞めるのか。それを訊ねたら、長編の原稿が送られてきた。思いが深く、文字数も多いので前後編2回に分けて掲載する。個人的には、校長という立場でいるより多くのことを、多くの人に伝えられるだろうと期待している。(編集長:山口時雄)

【寄稿】 「私が校長をやめた理由」 松田 孝

辞職を承認する

「辞職を承認する 平成31年3月31日 東京都教育委員会」

松田孝 前原小学校前校長

松田孝 前原小学校前校長

私は36年間勤めた東京都教育委員会の教育公務員を「辞職」した。昨年度末の東京都公立学校長の退職者は273名。その中で私と同じように「辞職」の辞令を受け取ったのは10名。多くの方の辞令は「定年退職とする」であって、引き続き再任用校長(都教委には校長職での再任用制度がまだある)や再雇用制度によって学校現場で勤務する。

今回「辞職」するにあたって、都教委の勧奨退職制度の要項を読んで初めて知ったのだが、管理職は1年前にしかこの制度は適用されず、しかも承認制だ。勧奨退職の申し出は1月初旬が締め切りだったため、元旦に署名・捺印して、3学期の始業式の日に小金井市教委(指導室教職員係)を通じて都教委へ提出した。承認制であるから、いつ承認されるのか気になって仕方なかったが、辞令を受け取ってそれが最後の日になされることも知った。(当たり前といえば当たり前なのだけれど、承認されない場合はどうするのだろう…)

キャリア発達課題

定年を一年前に職を辞した理由は、様々な思いが複雑に絡み合って「これが理由で辞めました」という確たるものはない。ただ通底には、今更だけれど自分自身のキャリア発達課題を達成したいという思いがあった。

学校にロボットを連れてきた(愛和小)

学校にロボットを連れてきた(愛和小)

都教委の主任指導主事として派遣された狛江市教委の理事職の任を終え、校長職に戻ってから昨年度までの6年間は、ICTを活用した教育実践の推進に尽力してきた。そこで多くの若い、思いのある世代と交流する機会を得た。ちょうど総務省がフューチャースクール推進事業(平成22年〜25年)の成果を、これから全国に横展開しようとする時期と重なっていた。彼らの危なっかしいけれど真っ直ぐな思いに、自分自身のキャリアを重ねた時に妬ましさを感じ、もう一度自身でキャリア選択して人生を歩みたいという思いが募ってきた。何せ共通一次試験の第1期生であり、2次試験の足切りをクリアして合格できる学校、父親が教職であったことから選択して始まったキャリア形成だったから。教職に向かうスタート時には、「自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度」は全く育っていなかった。

自らプログラミング授業を実践(前原小)

自らプログラミング授業を実践(前原小)

しかし今、社会がものすごいスピードで大きく変化する時代、教育の在り方が様々に論議され、提案され、模索される中にあって、前原小での実践事実、子どもたちの「学ぶ」事実が私に、昭和・平成の教育観、授業観、児童観等(かっこよく言えば教育哲学)の再考を猛烈に迫ってきた。ICTを絶対的に活用し、新しい「学び」のPerspectiveを描くことで、子どもたちの未来に責任をもつ教育実践を全国に創り出したい!

36年目にしてこのDesierが自身のキャリア発達課題なのだと自覚した時、翌年定年を迎え、引き続き都教委の世話になって再任用・再雇用で5年間を過ごし、年金受給というキャリア選択はなくなった。教育公務員の制約があまりにも多すぎる。だったら「禄を食む」のではなく、糧を自らが得ればいい。(かっこいいけれど大丈夫か…? 現実はそう甘くはない!)

合同会社MAZDA Incredible Lab設立ー matsuda@ledup.jp

安中榛名の街並みと妙義山

安中榛名の街並みと妙義山

だから4月1日、私は前橋法務局に合同会社の登記申請をした。新会社の所在地は群馬県安中市(最寄駅は北陸新幹線、安中榛名駅徒歩10分。何故安中榛名なのかは、いつか機会があれば語りたい)。もちろん私が代表社員であり、社員は一人。

現在、総務省地域情報化アドバイザー、金沢市プログラミング教育ディレクター、小金井市教育CIO補佐官を拝命し、また幾つかの企業と業務委託契約を交わして上記Desireの達成に向かってスタートし始めた。

Cloud by default

閣議決定された「未来投資戦略2018」は、「学校のICT環境のクラウド化を推進し、授業・学習系システムと校務系システムの安全な連携手法を来年度(2019年度)までに確立する」と述べ、この考えが3月29日に発表された「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(中間まとめ)」(文科省)によって具現化されようとしている。

前原小学校(松田氏提供)

前原小学校(松田氏提供)

小金井市立前原小学校は、私が着任してからの3年間、まさにこのことを実証してきたとの自負がある。プログラミング教育をトリガーに、そこで見せる子どもたちの「学ぶ」姿こそが21世紀を拓く資質・能力だと確信して、ICT環境の整備とその活用を具体的実践事実として示すべく学校全体で取り組んできた。

私が職を辞したことを知った方々が、「勿体無い」とおっしゃってくれた。それは前原小の実践にもっと磨きをかけて、全国に発信続けて欲しいという思いが込められている。でも前原小は自走できる教職員集団になったし、さらなる自立を促すための布石も打った。6月28日には小金井市教委の研究奨励校としてプログラミング教育の研究発表会を開催する。また総務省の「次世代学校ICT環境整備」事業は最終年度を迎え、この成果も広く世間に問うことになっている。

新しい「学び」のPerspectiveを描くMDM(MAZDA Disrupt Model)

前原小の実践事実が創り上げたMDMモデルは、ICT環境整備とその絶対的活用において他に類を見ないモデルであり、しかも低コストだ。一人一台の情報端末(特に本校では中・高学年が活用したChromebook)とNTTコミュニケーションズが提供する学習ポータル「まなびポケット」の組み合わせは、ICT活用における最高のマリアージュ!

まなびポケットのトップ画面(松田氏提供)

まなびポケットのトップ画面(松田氏提供)

「まなびポケット」にリンクが貼られた多様で秀逸なコンテンツ群が、シングルサインインで負荷なく使用できる。中でも学習支援システムのschoolTaktは、子どもたちの学びの状況やそこでの気付きを共有する機能に秀でており、一覧共有にとどまることなく、ポートフォリオ、ワードクラウド(テキストマイニング)の機能も備えている。全ての教科・領域等の学習、そして協働学習に欠くことができないコンテンツだ。算数のやるkey(凸版印刷)と英語のEnglishCentral(EnglishCentral)は一人一人の子どもの理解とペースによる個別学習を保障し、授業者は学習ログによってその進捗が把握できる。端末の持ち帰りも必要なく、家庭でも「まなびポケット」のIDでサインインすれば「学び」が継続できる。クラウド活用は学校と家庭での「学び」をシームレスにするから、もはや「宿題」という概念は要らなくなる。

WEBQUのアンケート結果(松田氏提供)

WEBQUのアンケート結果(松田氏提供)

秀逸なコンテンツ群の中にあって異彩を放っているのが、心理アンケートのWEBQUだ。早稲田大学の河村茂雄教授が開発し、「いじめ・不登校」等を未然に防ぎ、新学習指導要領で求められる新しい「学び」に向かう学習集団作りに資するこのアンケートは、紙ベースでは年間550万部の活用がある。それをWEB化したものがWEBQUであり、前原小では昨年度このアンケートを先行実施して大きな成果を上げた。(現在私は早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程に在籍し、河村研究室でWEBQUを指標に真にアクティブラーニングを実現できる学習集団づくりの研究活動も進めている)

今年度前半(7月までに)、NTTコミュニケーションズはICTを活用した学校経営/学級経営について語る「新しい”学び”のPerspectiveセミナー」を全国の7都市で開催する。(https://ict-enews.net/2019/04/25nttcom/)5月25日には、沖縄県那覇市で河村茂雄教授と私のコラボが企画されている。

ICT活用の取材を受けると、「ICTはいつ使っていますか?」という頓珍漢な質問をよく受けた。前原小ではICTを毎日、教科・領域を問わず積極的に活用している。当然学年や学習内容、進度によっては活用しないこともあるが、基本ICT活用をベースに授業を構想してきた。

個性的な学びに向かう個別学習(松田氏提供)

個性的な学びに向かう個別学習(松田氏提供)

特に昨年度の3学期、1年生から6年生までの全17学級が朝の会で「朝ノート」という取り組みを行なっている光景は圧巻だった。8時20分から40分までの20分間、500名以上の子どもたちが一斉に情報端末に向かい、「まなびポケット」からschoolTaktにログインして、①自身の体調や気分、②一日の学校生活に対する期待や不安、③皆に知らせたいこと等を書き込む。その内容をschoolTaktの一覧機能で子どもたちが相互に閲覧して、コメントしたり「いいね」ボタンを押したりする。(別途「朝ノート」の取り組み成果は報告したい。)

このような全校のICT活用を当たり前に実現できた前原小のICT環境(システム)は実にシンプルだ。

フルノシステムズのAP(松田氏提供)

フルノシステムズのAP(松田氏提供)

よく「Wi-Fiは通信が繋がらないトラブルが頻発する」と聞くが、各教室に設置されたフルノシステムズのAPはそんなことは起こさなかった。前原小は年に数回、授業公開してきたけれど、通信トラブルでICT活用の授業ができなかったことは一度もない。アクセスポイントだけは値切ってはだめだ。各端末から学級内に一台設置された(と言っても、教室内のモジュラジャックに通信ケーブルを接続しただけの)フルノシステムズのAPへ、そして校内LANを通じてNTTの光回線(1G)でインターネットへ。複数学級がYouTubeを視聴してもストレスは感じられなかった。

前原小が構築したシステムは、小金井市のようにICT環境整備に十分な予算配当できない自治体にとっては大いに参考になる。Chromebookを導入すれば端末の安さだけでなく、購入時にだけかかる管理コンソール代を支払えば、リモートで端末の管理ができ、サーバー保守も不要となって導入後のランニングコストを大きく削減することができる。

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