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2019年5月27日

松田孝 前原小学校前校長の「私が校長をやめた理由」(後編)

【寄稿】 「私が校長をやめた理由」 松田 孝

》前編はこちら

今、文部科学省がICT環境整備の数値目標を掲げたこともあり、多くの自治体&学校がその導入を検討し始めているが、その具体のイメージが違うような気がしてならない。

前原小の4,5,6年生が使用しているChromebookとichigoigaiスクールセット

前原小の4,5,6年生が使用しているChromebookとichigoigaiスクールセット(松田氏提供)

ノートPCで子どもたちにタイピングさせたい。タイピング力がなくては、CBT(Computer Based Testing)となる大学入試に不利益を被る。子どもたちのキャリア選択&形成を本気で支援するならノートPCを導入すべきだと思う。本校では昨年度、国が2013年に行った情報活用能力の文字入力調査を4年生以上で3回実施した。7月に行った調査では、6年生は1分間あたり平均17.9文字を打てるようになっていた。国調査(5年生約3,000人の結果は、1分間あたり平均5.9文字)の3倍である。中には5分間で300文字以上入力できる子どもも学級に5、6人は出て来た。調査報告書には「文字入力能力と,記述式問題及び非記述式問題の通過状況はそれぞれ有意な相関」(報告書p484)があると述べられている。このような結果を示すことができたのは、前原小の4・5・6年生が使用している端末がChromebookであり、ログイン後に管理コンソールで最初にWEBブラウザのChromeを立ち上げ、学習プラットフォームの「まなびポケット」のタブが開かれるように設定し、そこから毎日schoolTaktを活用したからだ。(このようなちょっとした設定が、実際の子どもたちの活用に大きな影響を与える)

フルノシステムズのAP

フルノシステムズのAP(松田氏提供)

Wi-Fiは初期の設備構築には費用がかかる。だから初期投資を抑えようとLTEの導入に目が向くのは仕方ないないかもしれない。しかし前原小のように管下の学校が積極的にICTを活用すれば、その情報量はとてつもないものとなる。各学校が本気でICT活用したら、数年経ってその通信料はいくらになるのだろう。また今後IoT社会が進展するにつれ、様々なデバイスがWi-Fi接続となることが予想される。ICT活用を考える時、単に子どもが直接扱う端末だけの問題を考えていたら、せっかくの設備投資もそれに見合うパフォーマンスが発揮できなくなる。Wi-Fi接続されたクラウドプリントほど、便利なものはない。

これからICTの導入を行う学校や自治体には、是非前原小のICT活用の実践事実とそれを保障するシンプルかつ廉価なシステムを知った上で、検討を進めていって欲しい。

MDM(MAZDA Disrupt Model)のD(Disrupt)とは

Disruptするもの。それは戦後、日本を復興、発展、繁栄へと導いてきた昭和・平成の教育観、授業観。

前原小赴任直後、自ら授業準備をする松田校長(2016年5月)

前原小赴任直後、自らiPadの授業準備をする松田校長(2016年5月)

学校は子どもたちの未来に責任をもつ教育を展開する場。この命題に異を唱える人はいないだろう。5G等の次世代通信システムが空気となった時代、IoTど真ん中、AI共生社会を生き、時代を拓いていくに必要な資質・能力を培う場所が学校だ。

前原小での3年間の実践からその中核となる資質・能力が、Digital Literacy & Intelligence であることが見えた。そして子どもたち一人一人の個性的な「学び」を磨くことで、この資質・能力を身に付けることができる。個性的な「学び」を磨くためには、個別の「学び」を保障し、そこでの気付きを共有して、協働的な「学び」を生起することで個と個をぶつけ合っていく。

個性的な学びに向かう個別学習(松田氏提供)

個性的な学びに向かう個別学習(松田氏提供)

前原小のICT環境とそこでの実践事実が、新しい「学び」の在り方を編み出したのだと思っている。アナログでは絶対に実現できない授業実践だ。(私は学級担任の頃、社会科の初志を貫く会の教育観、授業観等に感銘を受け問題解決学習に取り組んできたが、子どもたちの考えを共有するためにどれほどまでの手間をかけたことか…)加えて、今EdTechが注目されているが、昭和・平成が築き上げた教科教育の指導法のフレームをそのままに、効果・効率ベースでICT活用を促しても、授業は変わらない。

「教員はICTを使えないのではなく、使う必要がないから使わない」と言うことが理解できるのは現場人だからだ。プログラミング教育も然り。昨年11月に公表された「プログラミング教育の手引き(第二版)」で文部科学省は方針の大転換を図ったにもかかわらず、小学校現場の多くが相も変わらず教科ベースでのプログラミングを実践しようとする。その流れを変えられるのは、前原小の実践事実しかない。

前原小のICT活用は、プログラミングをトリガーに新学習指導要領が目指すコンピテンシーベースの「学び」を実現する教育実践を展開してきた。

校長を支援する

前原小を訪問した高市総務相と見守る松田校長(2016年9月)

児童からプログラミングを教わる高市総務相と見守る松田校長(前原小2016年9月)

前原小には、実に多くの方が視察に訪れた。総務大臣をはじめ国の官僚、全国の地教委、校長会、議会そして企業団体等々に加え、最後の年にはカンボジアから教育大臣が訪れた。この4月にはミャンマーのヤンゴン教育大学からの視察もあった。皆、戦後日本が築き上げてきた昭和・平成の画一・一斉の授業フレームに合わせ、ICTを効果・効率ベースで活用していると思い込んでいたところに、全く新しい「学び」のスタイルを創りあげる活用の在り方に驚きを示していた。

公開授業後の交流会で教師たちと

公開授業後の交流会で教師たちと(前原小2017年2月)

そんな中にあって、校長自らが直接私にアポをとり、視察に訪れることがあった。ある校長は授業を参観し、その後具体的活用をめぐって話をしたいと、平日の授業日にもかかわらず幹部職員を3〜4名連れて視察に訪れた。この方々と情報&意見交換していると、ICT導入には行政の力が必要だけれど、それを待っているだけは今を生きる子どもたちに責任ある教育活動を展開できない、今ある環境を活用して一歩でも前に進まなければ、という切実な思いを感じることができた。そのような話を聞くたびに、私はこの校長先生方の思いを支援したい、と思った。全国には思いのある校長はたくさんいる。その方々を線で結び、ICT導入を図りたい。そして教育に関わりたいと思っている企業とのマッチングをすることができれば、その校長の学校が地域のコアとなって新しい「学び」を全国に創り出していける。

そのためには、私の①36年間の教育公務員の経験(内、学級担任14年、大学院修士課程2年、都教育庁人事部人事計画課での研修1年、指導主事5年、副校長2年、校長9年、指導室長3年)、②その過程で構築された様々な人的なネットワーク、そして③学校現場の実践事実から編み出した教育や授業に対するオリジナルの知見(例えば「プログラミングはコンピュータとのコミュニケーション」、「ICT活用は効果・効率ベースで考えるのではない、教育哲学の問題」等々)が絶対に必要だ。(と勝手に思い込んでいる…)

今、私が初めて校長になった12年前とは比べようもなく学校現場が対峙する教育課題が高度化している。

前原小学校(松田氏提供)

前原小学校(松田氏提供)

「安全の確保」一つを取っても極めて難しい課題(交通安全、不審者対応、防災、アレルギー対応、そして最近は虐待の通告義務)が目白押し、加えていじめ・不登校への対応とインクルーシブ教育の推進(当然発達・学習障害への対応も含まれる)に象徴される「人権の尊重」が何をおいても優先されれば、「学力の向上」に向けたICT活用のプライオリティが低いのは当たり前(そんな渦中に働き方改革の流れで教科担任制が入り込んできた)。そしてこのような高度化する教育課題に立ち向かう教員の質・量ともに決定的な人材不足の中、校長はそのマネジメント力によって学校を安定的に経営していかなければならない。

まさに神業! 私の学校経営は日々綱渡り状態であったけれど、校長職としての責務を全うできたのはICT活用のおかげである、と心の底から思っている。

松田孝 前原小学校前校長

松田孝 前原小学校前校長

前原小ではICT活用が「学力向上」の範疇にとどまることなく、「人権尊重」の範疇まで広がり、それが結果「安全確保」の範疇までに繋がっていった。先に紹介したWEBQUで年3回、子どもたちの関係性の状態を可視化でき、多くの学級でその向上的変容が見られた。年2回開催してきた学校保健委員会で、昨年度の2学期に起きた校内の怪我の件数が前年比-200件であることを養護教諭から報告を受けた時は驚いた。昨年度の秋の運動会に向けての練習期間の怪我も激減していた。骨折事故は一件も起きなかった。この結果がそのままICT活用のエビデンスだと言えないことは百も承知であるが、昨年度と一昨年度を比べて一番の変化は、学校全体でのICT活用がより日常的になったことだ。運動会の練習を終えて子どもたちが教室に戻る。着替えをして担任を教室で待つまでの間、このタイムラグに様々な事故や事件が起きる。1人1台の情報端末があり、日常的に活用していれば、この時間に自然とschoolTaktを活用して練習の振り返りが行えるし、表現の全体練習の様子を教員が動画に撮っていれば、子どもたちはクラウド経由ですぐさまそれを視聴できる。

ICT活用を「学力向上」の範疇で、内容理解の効果・効率ベースで語っているだけでは、学校現場でICTは活用されない。教員が使えないのではなく、使わない。仮に1人1台の環境が整備されたとしても。それは昭和・平成が築き上げてきた教科教育の内容と指導法の完成度が高く、完結性を有し、結果を出してきたから。そんなところにいくらICT活用の効果・効率を説いても、大多数の教員にとってはコンピュータ操作に慣れるまでの不便さが、いい迷惑でしかない。ここに同僚からの同調圧力が加われば、ICTを活用することが心理的苦痛を伴うことになりかねない。

10連休明け、いよいよ教育活動が本格的に始動する。
昭和・平成の「勉強」モデルから、令和の「学び」モデルへ。
ICTの絶対的活用によって、それを成し遂げる。

ここに綴ったDesireこそが私が校長職を「辞した」理由だったことを、この論稿を書き上げて自覚できた。

*松田孝氏のアクセスは matsuda@ledup.jp へ。

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Disrupt(ディスラプト)とは、ビジネスの分野で「破壊」とか「変革」という意味で使われるが、松田氏のMDMでの意味もそういうことだろう。6年前に出合った頃、これまでの学習環境を大きく変えることなくICTを導入しようという世間の風潮の中で、私と松田氏の考えが一致したのが「ガラガラポンの変革」だった。「今の教育にICTを馴染ませる」のではなく、「ICTを活用して学びを変革する」。古いものをぶち壊して新しいものを創造する。これまでも様々な壁や圧力に立ち向かって「変革」を続けてきた松田氏。しがらみから解き放たれた今後の活動に期待したい。(編集長:山口時雄)

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