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2022年7月11日

教育哲学者と学校長が語り合う「一歩先の“個別最適な学び”」の本質/Qubena Action2022報告Ⅱ

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COMPASSは5月28日、“個別最適な学び”について考える教育関係者向けのオンラインイベント「Qubena-Action 2022」を開催した。レポート第2弾の今回は、哲学者・教育学者の苫野一徳氏とCOMPASSのファウンダーで現在は私立中高の校長を務める神野元基氏のスペシャルトークセッションをレポートする。テーマは、「1歩先の“個別最適な学び”」とは。

【登壇者】
苫野一徳氏 哲学者・教育学者・熊本大学大学院教育学研究科准教授
神野元基氏 東明館学園 東明館中学校・高等学校 校長/COMPASS ファウンダー
司会:木川俊哉  株式会社COMPASS 未来教育ユニット ユニット長

対談 「1歩先の“個別最適な学び”」とは


-木川
今回の対談は、「1歩先の“個別最適な学び”とは」というテーマですが、先ほど4校の実践報告(第1回レポート参照 )がありました。それぞれ特徴のある実践だったかなと思いますが、ご覧になった感想などお伺いできますか。

-苫野
5年前や10年前では聞くことのできなかったようなお話、キーワードが当たり前のように飛び交っているところに感銘をうけました。私は8年ほど前に、学びの個別化・協働化・プロジェクト化の融合というのを理論として出したんですが、何十人何百人から、あなたの言っていることは理想かも知れないけれど無理だと言われました。それから8年経って、当たり前のように子どもたちに任せて行うとか、めあてを子どもたちが自分で作るんだとか、そんなことが当たり前のように飛び交っているのが、凄いなあ、ここまで来ているんだなあと感動しました。
どんなに高尚な理論を語ったり、どんなに偉そうなことを言ったりしても、すべては子どもたちの姿の説得力には敵わない。私はよく、一度自転車に乗れるようになると乗れなくはなれない、というんですが、一度子どもたちが自律的に力強く学ぶ姿を味わってしまうと、すべてをセッティングして、レールに乗って、というようなことは出来なくなります。子どもたちの姿を皆で共有して話合うという対話ベースの意見交換をするのも大事なことだと思います。

苫野一徳 准教授(左)神野元基 校長(右)

-神野
私はCOMPASSの創業者なんですけれど、私の学校ではまだQubenaの活用が始まったばかりです。先ほどの発表では、すべての実践が自立に向かいながら授業時数というところにも言及した取り組みばかりで、凄いなあと思いました。
苫野先生にお伺いしたいなあと思っているのは、私たちが変わっていくべき教育の方向性というものをどのように見定めるか、その中で今回の実践というものをどのように見ていくべきなのか。その辺りの指針を示して頂けると有り難い。教育哲学的に良い教育とは何かと聞かれると、どうなるものでしょうか。


-苫野

学校教育のそもそもの目的が、哲学用語で言うと「自由な市民を育む」ということなんです。自由な市民とは何かというと、他者の自由も尊重することができる市民ということです。これが私たちが暮らしている民主主義社会の大原則で、「自由の相互承認」の原理に基づいて成立する社会なんです。教育はこれを土台で支えるものなので、自由な市民を育むためのもので、学力を育むことが第一義ではありません。自由になるためには他者の自由も認めるし、また自立的にものを考えられるとか、他者と協力することが出来るとか、そういったことが必要になってくるんです。「他者の自由を認められる自由な市民を育てる」という、ここをすべての土台にしてものを考えていく必要があると思います。

-神野
開発時の私の思想というのは、いわゆる勉強と言われている部分はQubenaでさっさと終わらせて、残った時間で未来を生き抜く力を育てましょう、という考え方だったんです。QubenaとSTEAM教育、Qubenaと探究教育を分けるといった考え方だったんです。ですが、お話を伺ったり今日の実践を見たりしていると、Qubenaの授業そのものが未来を生き抜く力と関係あるんじゃないだろうかと思えてきました。子どもたちが自分で目標を作りその目標通りに勉強するようになったそのあり方は、自立に向かっていることだったり、もしくはその中でお互い自由を尊重しながらやっていく授業スタイルに現れているんじゃないかなと思うんです。そのあたりをどうお考えでしょうか。

-苫野
先ほどの発表でもあったQubenaを使う使わないの自己選択があって、お互い認め合うわけですよね。これがとても大切なことでどれだけ自分で自己選択、自己決定があって、他者の自己選択・自己決定も認め合う、そういう学習環境を創っていくのが基本だと思います。
神野さんが携わられた中教審でですね、令和の日本型学校教育で「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実というのが教育界にも拡がりました。いま学校現場へ行ってみると、いまは個別最適な学びの時間です、これからは協働的な学びの時間です、いまからは探究的な学びの時間やります、みたいな、こういう発想で捉えられているところがあって、これはぜんぜん違うんですよね。「個別最適」というのはすべてに貫かれていて、いつ誰とどんな風に学ぶかとうことが自分にとってより豊かなのかを自分で考えなければならない。人それぞれペースも違うし興味関心も違う、そのことを大前提にして、協働だってその子なりの協働がある、プロジェクトだってその子なりのプロジェクトがある。これを切り分けてはいけないんですよ。

20世紀、21世紀の教育の礎を作ったジョン・デューイが、探究をカリキュラムの中核にしようと提唱した際に言ったのは、何のためかといったらこれが民主主義の教育だからだと。たとえば、あれしなさいこれしなさい、これ勉強しなさい、従いなさいというのは民主主義ではなく専制支配だというんですよね。たしかにそうですよね。学ぶ事が決められて、どう行動するかも全部決められている社会というのは、専制支配の社会ですよね。でも私たちは教育を通して民主主義を豊かにして行くんだと。民主主義社会の最大の条件は自由な探究と自由なコミュニケーション。自由な探究をしながら、他者とコミュニケーションしながら探究を深めていく。探究と言っても単にアカデミックアチーブメント(学業成就)を求めるものではなく、自由な市民を育むと言うことが一番底にあるんだということが「一歩先の個別最適な学び」ということつながるのではないかと思います。

-神野
まさに仰るとおりです。「個別最適な学び」は今日のメインキーワードだと思うんですが、麹町中学校の工藤元校長がプレゼンをする際に、個別最適な学びをしていると言わないんですよ。どう表現するかというと「一斉指導をやめた」と言うんですね。この言い方って深いなと思っていて、個別最適な学びって何だろうと考えていくとけっこう泥沼に嵌まっていくというか、個別最適と言い続けるとどこまでも終わらないし、どこを最適化するのといったレイヤーの話にもなるし、イメージがすり合わないんですけど、工藤校長は一言、一斉指導をやめたというんですね。従いなさいというような教育をやめたということですね。一斉授業をやめたという言い方がすごくスッキリすると言うか、すごい言い方だなと思って、Qubenaの授業をこれから私も創って行く中でどういうところを目指せばいいのかがそういうところに現れてくるのではと思うんです。

-苫野
これまでの多くの場合、授業のコントローラーは教師が持っていました。コントローラーを先生が操縦して子どもたちを動かす。どれくらい操縦力があるかというのが教師の力量だったというところがあるんですが、子どもたち一人ひとりがコントローラーを手にしていくということ、これが個別最適な学びです。一斉授業をやめて一人ひとりが学びの、人生のコントローラーを自分で持っていく。自立的な学びが人生を自分でコントロールしていくということになっていく。いま少しずつコントローラーが手元にやってきたという感じだと思います。でも150年間コントローラーは国家なり教師なり学校なりが持っているやり方で続いてきたので、まだまだ残滓を引きずっているところがあると思います。さっきの発表等々で希望を持たせていただきました。

Q&A 個別最適化が進行するほど『知識・技能』面での学力格差は拡大しないか?

-木川
質問がきておりまして、「個別最適化が進行するほど『知識・技能』面での学力格差は拡大するのではないだろうか。それを公教育として是とすることが社会通念上良いとされるのでしょうか。人の得手不得手は様々で、その多様性に対応できる教育を実践したいという思いは強いのですが、保護者や地域の大人など、学歴競争社会で成長した人たちにとって『個別最適化』とは、まさに受験における勝者をイメージされるようで、そのような社会背景を前提とした『個別最適化』についてお二人の意見をお伺いしたい。」というものです。


-苫野

学力格差が拡大するのではないかという懸念なんですが、これは様々な研究を参照すれば逆なんです。みんなで同じ事をやっていく授業で実際に生徒たちが学んでいるのは平均的に半分程度だと言われています。ではどうすればいいかというとはっきりしていて、自分に合った学び、自分に合ったペース、自分に合ったレベルのものを他の人のフィードバックや支えのある環境の中で学んで行く。それによって格段に学力保障が出来るようになるということが様々な研究でも明らかになっています。個別最適な学びは何かというとつまるところ、自分たちの学びは自分たちで作る。自分の人生は自分で切り拓くってこと、他者の力を借りながら、自分も他者に力を貸しながらですね。そんな事を自分で考えて学んで行くことが個別最適な学びの意味なので、そこをどうやって共有していくかというのが難しいですね。

-神野
私もGIGAスクール構想を創って行く際に、中教審委員としていろいろな団体の方々へのヒアリングを重ねる中で、ある党の方から「エリートを作るような教育はけしからん」という話がありました。その時に話したんですが、例えばこれまでの一斉授業だと1週間くらいインフルエンザで休んだ子が、数学の1週間分を取り戻すことができずにそのあとの授業がずーっと分からないでいるというということが起こっていました。個別最適な学びではそういうことがない。誰一人取り残すことがない教育ができるのが個別最適な学びなんだと説明して納得してもらえたことがありました。
あと、質問に「個別最適化」って書いてあるんですが、化(ばける)っていうのは、勝手に個別最適されるイメージがあるという話になるんですよ。子どもたちが受動的に個別最適に化けた教育を行う、っていう。今日のイベントテーマも「個別最適な学び」って書いてあると思うんですけれど、これは勝手になるんじゃ無い、子どもたちが個別最適な学びを選んでやっていくんだという、能動的にやるべきだと言うことを地域・教育魅力化プラットフォーム代表の岩本悠さんという方が言い出して、中教審委員全員が賛同して「最適化」を「最適な」に全部書き直したんです。

Q&A 保護者との合意形成はどうすればよいか?

-木川
もう一つ質問ですが「個別最適な学びを実践するに当たって、保護者との合意形成も必要となると思いますが、どのようにすればよいですか」というものです。


-神野

校長をやっていて思うのは学校の教育方針みたいなものを教職員はもちろんですが保護者とも確認し合う必要があるということです。どのような子どもに育って欲しいのか。その合意形成がしっかりしていると、こうした取り組みを進められると思うんですよ。個別最適な学びを実践する際にも、子どもたちが自分にあった最適な学びを選んでそれを自分で決めながらやっていく。「そういう学びのあり方にして行くべきですよね」という話で保護者とも合意形成ができると思うので、学校として保護者と共にどういう子どもを育てていくのか、ということをしっかり話合う必要があるだろうなと思っています。

-苫野
僕も、いかに対話の文化や仕組みを創って日常的に先生同士や先生と子どもたち、保護者も含めて対話の文化をしっかり創っているかということがすごく大事だと思っています。
それにプラスしてもう一つお話ししたいなと思うことがあって、教育学の学問知見としては沢山のことが貯まっているんですが、それが学校現場とちゃんとつながっていない。例えばさっき言ったみたいに一律一斉指導の場合子どもたちは精々半分くらいしか学んでいないと、そうしたことも分かっている、どうしたらいいかも分かっている。緩やかな協働に支えられた個の学びが整っていれば、圧倒的な短時間で学習保障ができるということが研究で明らかになっています。こういう話って無数にあってそういう意味では私たち教育学者の責任は重いんですけど、もっともっと研究知見をちゃんとシェアして、そうすると保護者の方と先生同士でもこういう研究結果があるらしいぞと、これに基づいたらこれまで自分たちがやってきた事ってもっと良くできるんじゃないかなとかですね、そういう対話の場を設けることができると思うんです。このあたり、もっともっと連携したいなと思うところです。

-木川
今のお話、学校の中で教育目標ってなんだろうかというところをみんなで共有する、合意するということが先にあって、その上でそれを達成するための手段て何だろうと研究の結果を使って、意見を出し合って目標に向かっていくというところが重要なのかなと思いました。だからこそ、先ほど4つの学校の実践がそれぞれ違っていたのはそういったことなのかなと思って、Qubenaを使ったらこうなる、ということではなくて、もっともっと根っこの部分が重要でそのためにどうデザインしていくかということが重要なのかなと思いました。本日はありがとうございました。

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Qubena Action2022報告Ⅰ(活用校座談会)はこちら
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