2024年12月4日
「AIと教育」第1回:AI技術が教育と社会に与えるインパクト
【寄稿】
<はじめに>
人類の歴史を振り返ると、技術革新は社会を形作る原動力として機能してきました。近年では、インターネットの普及、スマートフォンの登場など、それぞれの技術は私たちの生活、働き方、そして教育のあり方を大きく変えてきました。現在、AI(人工知能)はその次なる波として注目を集めており、教育現場への影響も徐々に顕在化しています。
筆者はAIシステムの開発と、教育機関へのAI教育教材の提供を行う会社を経営しております。2024年度は専門学校・大学の生徒1000名以上が弊社教材を利用してAIについて学んでおります。本稿では、その知見を元に社会におけるAI技術の重要性と、その利活用方法を学ぶことの意義を3回に分けて解説させていただくと同時にAIと共存する教育の未来を考察させていただきました。
過去の技術革新が教育に与えた影響
AIの登場を語る前に、過去の技術革新が教育に与えた影響を振り返りましょう。特に、インターネットの普及とスマートデバイス(スマートフォンやタブレットなど)の登場は、教育に革命的な変化をもたらしました。
インターネット普及以前、教科書や図書館、教師の講義が主な情報源でした。しかし、インターネットの登場により、情報は瞬時にアクセス可能となり、教育の方法や内容が劇的に変化しました。これは学習の地理的制約を取り払うことにつながっています。
スマートデバイスの普及はどうでしょうか?インターネット環境に常時接続可能な「手のひらサイズのコンピュータ」が身近なものになったことは「いつでも・どこでも」学習できる環境が整ったことを意味します。
また、学習の仕方も技術革新と共に変化・多様化していきました。従来の「教師から教えてもらう」形式の学習は徐々に学習者個人個人に合わせた形式へと変わっていっています。たとえば、クラウドベースの教材や教育アプリケーションでは、学習者ごとの理解度や習熟度がリアルタイムで可視化されるようになり、教師はそのデータをもとに個別に対応した指導を行うことが可能となりました。
また、教育カリキュラムの柔軟性が上がったこともこれらの技術革新による教育の変化と言えます。これまでの、全員決められた内容を、決められたスピードで学ぶスタイルの教育が習熟度に合わせて学ぶタイミングや量、難易度の調整も可能になっています。
これらの過去の技術革新により、現在の教育はより従来型の学力の枠にとらわれない問題解決能力などの「考える力」の育成を主眼に据えられるようになってきました。いわゆる詰め込み型の学習とは一線を画した教育手法、評価基準が整えられたと言えます。
いわゆるICT教育の普及はこのように教育の在り方そのものに大きな影響を与えてきました。では、AIの普及によって、教育はさらにどう変わっていくのでしょうか?
AI技術は社会をどう変えたか、変えていくのか
ChatGPTをはじめとして現在、AIサービスは驚くほどの速度で進化・普及していっています。AIが社会をどう変えているか、どう変えるかを考える際に重要なキーワードは「自動化」と「効率化」です。
現代のAIは基本的に「大量のデータから法則を学習し、そこから導き出される予測を自動化するシステム」と言うことができます。
例えば、飲食店を例に考えてみましょう。
あなたはカレーが大好きでその店に行くといつもカレーを頼む人だとします。店員さんはそんなあなたをみて「この人、本当にカレーが好きだなあ」とあなたの嗜好を学習します。そして、あなたが来店した時は「こんにちは、今日もカレーですか?」と声をかけてくれるようになりました。
さらに通っていると、あなたがよく辛味を増しているのを学習して「スパイシーカレーもありますよ」という提案をしてくれるようになっていきました。
店員さん、相当優秀な方のようで週末のジム帰りは大盛りを頼むということも覚えてくれました。週末に来店すると「大盛りにしますか?」とまで聞いてきてくれるように…。
もちろん、この店員さんの接客対象はあなただけではありません。そのため、「こういうタイプの人は過去の経験上、お水をよく飲むから、こまめにお水を注ぎに行こう」とか「運動後っぽい人には、このサイドメニューが好まれがちだから提案してみよう」のように、なんとなくの経験則から、お客が好む対応を予測しながら仕事をしていくわけです。
さて、この店員さんがAIだとイメージしてみてください。大量のデータ(と言うにはこの例は少ないですが)から法則性を見つけ、そこから予測を行っているイメージが掴めたのではないかと思います。
例えば、画像の中に何が写っているかを判別するのに使用するAIも大量の画像を学習し、AIが法則を発見することで実現できています。弊社では過去に画像の中に何の動物が写っているかを判別するAIシステムの開発に携わらせていただきましたが、その際も、基本的な作り方は大量の動物の画像を学習させて、それぞれの動物の特徴(法則)をAIが見つけ、未知の画像の中に何の動物が写っているかを予測できるようにする…という流れで作りました。
ChatGPTもこの予測の自動化システムの1つと言えます。ChatGPTはとても簡略化して説明するならば、ある単語(文字・フレーズ)の後にどのような単語(文字・フレーズ)が出てきやすいかを学習し、最も論理的で文脈にあったものを連続して出力する、という仕組みで出来ています。画像とテキストという違いはあるものの、大量のデータから法則を見つけて、予測を行うという基本的なところは変わらないのです。
これらの技術が実用化される前はシステムは「ルールを言語化できる」タスクの自動化にとどまっていました。いわゆる「AだったらB」「CだったらD」というような「if-then」で表せるものです。しかし、AIは今まで人間が「経験」から判断してきた様々なルールとして表現しにくいタスクを代替していくことを可能にしています。例えば、カスタマーサポートの分野では既に一部の顧客からの電話対応を音声対応するAIで代替している企業も現れています。
このようなAI技術は今後も人間のあらゆる知的活動を学習し、様々な仕事・タスクの自動化と効率化を促進していくと予想できます。
教育現場にAIはどのような影響を与えるか
このようなAIの進化・普及は様々なビジネスにかつてないスピードで進んでいます。例えば、PwC Japanグループが2024年春に売上高500億円以上の日米の企業・組織の課長以上の方を対象に行った調査(*1)によると、日本の調査対象者の67%が自社で生成AIを活用・推進中と回答、検討中も含めると91%が生成AIの活用に前向きであると言うデータが出ています。(ちなみに、米国企業は既に91%が活用・推進中であるという回答データが出ており、日本はAIの普及がビジネス面でも遅れてしまっている状態です)。
しかし、企業でのAIニーズが高まっている状態であるにも関わらず、現在日本の教育機関ではAIに関する教育、AIを活用した教育はまだまだ進んでいないのが現実です。その理由の一つとして教育者のAIと教育に関する認識・理解が遅れていることが考えられます。
かつて電卓が普及した際に算盤との比較で「電卓が普及すると計算力が低下する」「人間が数字を正確に扱う能力を失う」といった懸念が生じたと言われています。
また、同様の議論はインターネットが普及した時期にも起こりました。1990年代後半から2000年代にかけて、家庭や学校にインターネットが導入されるようになると、多くの保護者や教育関係者が次のような懸念を抱きました。
1. 情報量が多すぎて混乱を招く
2. 集中力が低下する
3. 読書習慣や手書きで考える力が失われる
これらの懸念は一部正しい側面もありますが、教育現場での工夫次第で解決可能であり、それを上回るメリットが得られることは、これまでの技術革新が証明しています。
この歴史から学べることは「技術革新による学習者の行動変容を止めることはできない」ということです。「インターネットは危険だから禁止する」「ゲームは子どもに悪影響だから禁止する」というような「懸念があるから禁止する」という考え方は技術革新が世の中の仕組みを変えるものである以上、学びの機会を損なうというデメリットの方が大きいと考えられます。
一方で、AIによる技術革新によって教育者に対して与える影響は非常に大きいです。事実、筆者が大学・専門学校の教職員向けに行うAIセミナーで出る質問で最も多いのは「生徒にAIをどこまで活用させるべきか」という類の質問です。
多くの教員の方がAIはこれから必要になってくるスキルであると認識している一方で、従来の教育の仕方をどう変えていけば良いのかを模索しています。
例えば、学習レポートの作成も今は生成AIに適当なプロンプトを入力したとしても、それっぽい回答が返ってきてしまうため、レポートの作成にAIを使われてしまうことを危惧している教員の方は多いです。
これに対応するためには、レポート作成課題の設定の仕方を変更したり、そもそもレポート作成から別の課題に切り替えるなどの従来行っていた教育手法を大きく変える必要が生じます。AIの使用を前提にした課題設定などは、これまで無かった手法を開発するに等しいので教育現場の負荷が高まってしまうのは想像に難くないです。そういった意味ではレポート作成にAIを禁じるという方向に舵を切ってしまう気持ちも理解できます。
しかし、徐々に教育現場でのAIの活用事例は国内外問わず増えてきました。次回以降、国内外の教育現場でのAI活用事例を紹介し、導入効果と実践方法を解説します。
AIが教育現場で果たす役割は始まったばかりですが、私たちがその可能性をどう生かすかにかかっていることは是非ご理解いただければと思います。
(筆者:株式会社dott 代表取締役 浅井 渉)
*1 生成AIに関する実態調査2024 春 米国との比較[ PwC Japanグループ ]
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