2017年11月30日
~EdTech最前線~ママたちが作った暗算力養成アプリ「そろタッチ」STEM時代の新ツール
昭和の中期に少年時代を過ごした私たちにとって定番の習い事といえば「そろばん」か「書道」だった。ちょっと気の利いた家庭の子どもは「ピアノ」や「バイオリン」、「バレー」や「絵画教室」などに通っていた。その後の世代になると「スイミング」や「スポーツクラブ」、「英語」、「学習塾」、最近では「プログラミング」や「STEM」「ロボット」など習い事の種類は増え続けている。
そんな中、「そろばん」は21世紀になった今でも、習い事人気のTop10に入り続けている。計算するツールなら、電卓~計算ソフト~計算アプリと進化してそろばんの出番は無い。ではなぜ、そろばんを子どもに習わせているのだろうか。その理由は、「集中力」や「暗算力」を鍛えるためだという。
昨年11月、とあるイベントの展示ブースで、「そろばんから進化したiPad教材“新!暗算学習法 そろタッチ”」というチラシを配付している人に出会った。その人は「そろタッチ」を開発し暗算教室を運営するDigikaの橋本恭伸社長だった。あれから1年、今年9月末に「そろタッチ」が第14回日本e-Learning大賞を受賞。10月には、eラーニング アワード 2017 フォーラムで華やかな表彰式の舞台に立った。受賞後の挨拶で橋本社長は「“そろタッチ”はアイデアから開発まで、すべてママさんたちの力でできたんです。そして、Digikaの社員は私以外すべて女性なんです」と会場の女性数名を紹介した。興味が湧いた私は、早速橋本社長を訪ねてみることにした。
科学の言語「数字」を嫌いにならないで、という「公私混同」
開口一番、「e-Learning大賞を受賞して、変化はありますか」と訊いてみた。「ありますよ。学習塾や私学に営業の電話をさせて頂くと、『大賞受賞した会社の社長さんですか』と驚かれることがあります。認知して頂いているんだと感じます。でも、それだけですぐ採用してもらえるほど簡単ではありませんけどね」と、冷静に現実を受け止めている。受賞後、2~3年が勝負期間なのである。
橋本さんは岡山県備前市の出身。大学進学で上京して、卒業後はマイクロソフトに入社。25歳の時にMBA取得のためにイギリス留学。帰国後は楽天に入社し、昨年までRakuten Indonesia Country Headとしてグローバルビジネスの最前線で活躍していた。
そんな橋本さんに変化をもたらせたのは、子どもが生まれたことだった。子どもの将来のこと、そして教育のことを真剣に考えたという。子どもが自分の力で生き抜く20年後、30年後ではどのような能力が必要なのか。語学(英語)になんら優位性が無いことは、日本人が自分しかいないインドネシアの会社で実感していた。20年後どのような社会になり、どのようなテクノロジーが登場するかは分からないが、社会に価値を創造する基盤となるSTEMのプロセスは変わらないだろうと考えた。
例えば、ブルームの教育目標分類学における「知識」「理解」「応用」「分析」「総合」「創造」という6段階であったり、「21世紀スキル」という教育プログラムにある4C(Communication、Collaboration、Critical Thinking、Creativity)でも、STEMのエッセンスが共通し大切であることは変わらない。
STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)の中でも、最も基礎的な分野であるMathematics(数学)に橋本さんは注目した。あらゆる科学の言語である「数字」を嫌いになって欲しくないと思った。学研教育総合研究所が発表している「小学生白書2016」によれば、小学生の好きな科目の1位は「算数(25.8%)」であり、一方嫌いな科目の1位も「算数(23.7%)」、4年連続同じ結果だという。橋本さんは、我が子だけでなく、日本の小学生にも「数字」を嫌いになって欲しくないと願い始めた。それが「公私混同」の基本理念だ。
そして昨年、インドネシアでの任務を終了して日本に帰国。さて、次は何をするか。漠然とだが、「教育関係」という分野が頭に浮かんでいた。社内で教育関係のプロジェクトは出来ないだろうか、「算数」に関連する教育って何かないだろうか。そんな思いを巡らせているとき、「そろタッチ」の開発者でDigikaの創業者である山内千佳 会長に出会った。
「子供たちのもつ可能性を最大限引き出すことに貢献する」というミッションで共感、新たな道を歩み始めることになった。そして、数カ月後の昨年10月、新!暗算学習法「そろタッチ」は正式にリリースされた。
「そろばん」は素晴らしい習い事、だけど10%の壁がある
山内会長が創業したDigikaは、珠算教室を運営する会社だった。東京女子大学文理学部数理学科で確率論を専攻した山内さんは、金融関係の仕事を通じて出合った各国の優秀なトレーダーの中で、「概数を瞬時に把握する能力は、そろばん熟練者が世界最速・最強だ」と実感、2009年にDigikaを創業し2011年にはそろばん教室「かるトレ」を開校した。
そろばん教室の目的は「一生の財産となる上級レベルの暗算力獲得」である。教室に通う生徒みんなが、算数・数学、そして生活の中で暗算を活用し、学校、そして社会で活躍してほしい。珠算教室を運営してみて山内さんが気になったのが、「暗算上級」まで到達する子どもの割合だった。3年間そろばんの指導を行い、生徒はそろばんを使った計算は出来るようになったが、およそ1割しか「暗算上級」に辿り着けなかったのだ。それは「10%の壁」と呼ばれ、山内さんの教室だけでなく多くの珠算教室が抱える課題であり、高度な珠算技術をもつ限られた先生にしか克服できない聖域となっていた。
「暗算上級」を育てる教室の達成率が、1割だけでいいのか。悩んでいた頃、トルコで開催された「世界暗算オリンピック」に参加、世界のそろばん事情を知り、目から鱗が落ちた。
日本でそろばんといえば、片手でパチパチというのが普通だが、海外では両手を使うのが一般的だった。例えば66-66=0の「ひく66」という操作を比較する。そろばんに置いた66から片手で66を引くと、10の位で人差指を上下にパチパチ、1の位でパチパチ、4回動かすが、両手だと人差指と親指を使い、右手で1の位、左手で10の位、1度にパチッと引くことが出来る。実際教室を片手式から両手式に変えてみて、両手式の優位性に驚いた。暗算力だけを考えれば、両手式は上級になればなるほど威力を増していく。暗算力向上に特化した海外のそろばん教室の取組みをもっと学ぶため、世界中の教室や大会を積極的に訪問した。
日本の高度な珠算技術と、海外の新しいそろばんをうまく融合すれば、もっと効率的にそろばん式暗算を身に着けることが出来る。そう確信して、2014年から全く新しいカリキュラムをスタートした。教室に子どもを通わせている保護者(ママさん)を巻き込んで、音声ペン、ドットを埋め込んだ紙教材など、新たな学習法をどんどん試してみた。そして上下動のそろばんではなく、珠を固定したタッチ式の「そろタッチ」による暗算トレーニングを思いつく。色々な媒体を試した結果、最もタッチのよい「iPad」で開発を進めることにした。延べ500人以上の生徒と保護者、教室スタッフが一体となって、ママ目線で子どもの暗算力を伸ばすことだけに特化し、日々「そろタッチ」の開発を進めた。実際に教室に通っている生徒や保護者が参加して実践~検証を繰り返すのだから、これほど効率の良いPDCAサイクルはない。
その結果、β版では暗算上級到達者3割を実現、現行版では4割を超えるまでになったという。しかも、そろばんでは4年かかっていた到達期間が、半分の2年で可能になった。
1人でやるよりみんなでやった方が
新!暗算学習法「そろタッチ」はなぜ暗算力向上を短期間に達成できるのか。それは生徒のやる気を高め継続する仕組みがあり、その仕組みを特許技術とデータが支えている。
「そろタッチ」のカリキュラムは、「基本ミッション」が720面あり、1日1面ずつクリアすると2年間でイメージ暗算上級レベルに到達する。1面ずつ難易度があがるスモールステップなので、イメージ暗算を短期効率的に習得することが出来る。また、毎日の学習結果が、翌日の朝Webサイトのランキングページに掲載される。全学習者を対象とした総合ランキングや学習レベルに対応した種目別ランキング、はやおきランキングなど、様々な角度からランキングを確認できるので子どもたちの意欲をかき立てるのにつながるという。
「そろタッチ」は実教室でもネットでも学ぶことが出来るが、教室での集団学習は特に効果的だという。学習塾や幼児教室用に開発された「そろルーム」は、そろばん講師経験が無くても、学習進捗管理やモチベーション管理を行うだけで子どもたちを暗算上級に導くことが出来るシステム。5人の生徒がチームで一緒にゲームに挑戦しても、「そろタッチ」のメリットであるビッグデータを活用することで、生徒一人ひとりに適した出題を自動的に行う「アダプティブ・ラーニング」を実現している。
チームで協力してゲームに挑戦したり、ランキングを目指して競い合ったりすることで、本番力を身につけ、やる気も高まり継続性も増すのだという。
「そろタッチ」は、開始適齢期を5歳~8歳としている。8歳までに始める理由を橋本さんに訊ねると、「8歳というのはこれまでの生徒からの経験値で、学年が進むと筆算式が定着していくのです。筆算というのは世の中ほとんどの人が使っている計算法ですが、脳の数字を処理する部分だけでの学びなんです。“そろばん式暗算”は脳のイメージを処理する部分も同時にフル活用する学びなので、“筆算”に慣れてしまうとそろばん式暗算が定着しづらくなるという報告があります」と、理由を明かした。
橋本さんの子どもはまだ、開始適齢期に達していないということだが、それまでには日本中の至る所で、また海外でも「そろタッチ」で暗算能力を鍛える子どもが増えて欲しいと、日々普及活動に励んでいる。そして、「そろタッチ」を卒業したら、「算数教室」や「STEM教室」へ通って、数学好きが継続して増えることを願っている。
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