2017年11月9日
ICT環境がなくても「今すぐに出来るプログラミング教育」/相模原市
ICT環境がなくても「今すぐに出来るプログラミング教育」/相模原市
9月中旬「相模原市立の全小学校、4年生が“およその数”でプログラミング体験」という記事を掲載したところ、通常記事の数倍のアクセス数があり、SNSにも「具体的にどうやっているんだろう」「誰が教えるんだろう」「詳細をもっと知りたい」といった感想が書き込まれて、読者の関心の高さが伺えた。
ならば、直接話を聞きに行ってみようと、相模原市立総合学習センターに連絡してみると「いいですよ」というご返事。待ち合わせ場所の相模原市立上溝小学校に向かった。
対応してくれたのは相模原市立総合学習センター学習情報班の岡部 竜生指導主事と同じく渡邊 茂一指導主事。それに実際の授業を担当した上溝小学校の冨永 覚柔教諭の3人。相模原市のプログラミング教育の今を伺った。
ICT環境がなくても出来るプログラミング学習を
神奈川県相模原市は人口約72万人。横浜、川崎ほど有名では無いが、立派な政令指定都市である。市内の小学校数は全部で72校。「学校のICT環境は大都市ほど整備が進まない」法則の通り、あまり進んでいない。プログラミング教育というと定番のように紹介される、1人1台情報端末や全普通教室の無線LAN整備は厳しい状態である。もちろん、プログラミングを教えてくれる専門の外部スタッフなど雇えるわけもない。しかし、相模原市ではこれまで、ロボットプログラミング教材のレゴマインドストームEV3を中学校に導入したり、小学校ではレゴWeDo2.0を使った研究授業を行ったりと、独自の取組をしてきた。
厳しい市の現状について岡部さんは、「2~30年前の相模原市は、パソコン導入では全国トップレベルでした。PC教室も全国最先端でしたし、教職員は1人1台PC持って校務に活用していました。しかし現状では、ICT環境の整備はあまり進んでいません。文部科学省が示しているICT環境整備目標達成も厳しいかもしれません。だからといって何もしないわけではありません。現状の環境で何が出来るのか。“今すぐに出来るプログラミング教育”は常に念頭にあります」と、前向きな考えを語る。
ならば、プログラミング教育はどうするのか、相模原市立総合学習センターでは「現状の環境で可能なプログラミング教育」を目指し、「PC教室の活用」と「教師のスキルアップ」で対応するようである。
PC教室を使えば、機器もLANも整備しているし、すべての学校が同じ環境で取り組むことができる。今回プログラミングツールにScratchを選んだのも、視聴覚の研究会等で使い慣れているNHK for Schoolに参考動画があるのと、Webで利用できるからで、いずれもPC教室で無線LANを気にせず72校全校で利用出来るからだ。
指導する教師のスキルアップには昨年から取り組んでいる。本年度は72校から4年生の担任1名以上受講者約120名を6回に分けて招集、総合学習センターのPCルームを使い研修を実施した。ほとんどの教師がプログラミングは初体験であったが、「これならできそうだ」と評判は良かった。
また、全ての教師がわかるようにするための授業パッケージを整備。指導案やワークシート、研修資料に加え実際の授業の様子を収録して解説を加えた動画までセットに加えた。至れり尽くせりである。
夏休みには、総合学習センターの指導主事が市内の学校を周り、プログラミング教育に関する概要説明をしたりScratchの体験を行ったりする研修を設けたところ、、多くの学校で興味を示し、研修の希望があった。それぞれに何とかしなくてはいけない思いはあると感じたという。
普段の授業で活躍できない子が一生懸命取り組んだり、学び合いが生まれたり
実際のプログラミング授業はどうだったのか。授業者の冨永先生は、「プログラミングの授業は初めてやりました。子どもたちも初めてで、新鮮さがあり、関心が高かったですね。最初は“何これ”とか言っていましたが、すぐに夢中になりました。普段の授業中では、あまり活躍できない子が一生懸命取り組んでいる姿が見られたり、自然に“教え合い”や“学び合い”が生まれたりしていいなと思いました」と感想を語る。
今回実施したプログラミング授業は、4年生の算数「おおよその数の表し方」。課題は「およそ12㎝のえんぴつは、何㎝から何㎝の長さでしょうか」というもの。
授業の主旨はあくまでも、「プログラミングを学ぶ」ではなく「プログラミングで学ぶ」であるから、ツールの操作で時間が割かれることが無いように、数日前の学級活動の時間にScratchに慣れる時間を設定。命令のブロックを使ってスプライト(キャラクター)を動かしたり、背景を変えたりと自由に操作させたという。
そして、前時では「四捨五入」を学び、いよいよ本時を迎える。
以下は、実際に富永先生が行った授業を収録して制作された解説動画からの引用である。
*指導案・ワークシートは文末に
ここでは、最初に「どんな数字でも、小数点以下を四捨五入するプログラミングをつくり、およそ12㎝のはんいをもとめましょう」と、ヒントを元にしてScratchで入力した数字を1の位までの概数にするプログラムを作成。作成したプログラムを使って、およそ12㎝の範囲を探す。
「プログラミングで学ぶ」のが目的なので、ある程度の時間が経過した時点でScratchのプログラミングブロックの答をスクリーンに掲示する。また、本来ブロックに「四捨五入したい数は」と打ち込まなくてはならないが、タイピングさせると時間が掛かってしまうので、あらかじめ書き込んだブロックを用意してある。
プログラミングにしても、タイピングにしてもここでは手段であって、目的ではないので、あくまで算数の学びへと導いていく。
次に、「プログラミングにいろいろな数字をいれた結果を書きとめましょう」に進む。子どもたちは、出来上がったプログラミングに思い思いの数字を打ち込んで、その結果を書きとめる。発表では、「12.49は12」、「11.75は12」、「12.9は13」など試した数を発表していく。中には、「12.4の後に9を26個続けたら12になった」という子も登場。小数点以下は13桁しか入力できない設定なのだが、こういうチャレンジが子どもたちは大好きだ。
そして先生は、四捨五入を数字で正確に言うのは難しいので、コンピューターでは例えば「小数第一位で四捨五入」と決めれば11.5~12.4が「12」と決めていると説明。さらに、こうした「おおよその数」を、「以上」「以下」「未満」という言葉で言い現すことができるということを示して、「プログラミングに数字を入れてたしかめたところ、およそ12㎝のはんいは、11.5㎝以上12.5㎝未満」という結論を導き出した。
今回の授業を実施した冨永先生は、「やる前は不安もありましたけど、やってしまうと“なんだ、やれそうだ”なとハードルが下がります。次は、3学期の算数の図形がやりやすそうな感じがします。理科も出来そうな気はするんですが、やはり、今回の算数のような見本を示してもらえると取り組みやすいですね」と、次の目標を示した。
今回の取組について上溝小学校の山重ふみ子校長は、「子どもたちはプログラミングを楽しむ気持ちがあり、自分たちの指令により解決する楽しさを感じていました。これからの情報化社会を生きる子どもたちには必要な授業であると感じました。子どもたちが学ぶことの必要性や学ぶ楽しさを指導者が伝えるには、先生方が楽しめるための研修が必要です。また、子どもたちが楽しむためには、担任だけでなく指導補助をお願いできる方がいてくださると子どもたちの学びが充実すると思います。未来の子どもたちに魅力的な授業になることを期待しています」と、プログラミング授業の必要性と今後の課題を語った。
明確なビジョンの元に進めるプログラミング・カリキュラム
相模原市のプログラミング教育は、小学校と中学校を連続したカリキュラムで結びつける前提で取り組んでいる。総合学習センターでは主に小学校を担当する岡部指導主事と中学校を担当する渡邊指導主事がタッグを組んで取り組んでいるのも偶然では無いだろう。
そしてプログラミング教育で最も重要なカリキュラム設計について渡邊指導主事は、2点をコンセプトにして取り組んでいると語る。
1つ目は「小中系統立てて行っていく」こと。新学習指導要領で示されている資質能力3本柱、「生きて働く“知識・技能”の習得」、「未知の状況にも対応できる“思考力・判断力・表現力等”の育成」、「学びを人生や社会に活かそうとする“学びに向かう力・人間性”の育成」の実現を目指して、小学校ではここまで、中学校ではこれという系統立てたカリキュラムを作成する。体系は整いつつあるが、実践しながら研究を進めカリキュラムを作成するという。
2つ目は、「教科で学ぶ」こと。「プログラミングを学ぶ」ではなく「プログラミングで学ぶ」ことを教科横断的に、学年横断的に授業に組み込んでいくのだという。
今年年度の取組は、市内全小学校の小学校4年生だが、2018年度は5年生、2019年度は6年生と中学1年生、2020年度は中学2年生、2021年度は中学3年生と5カ年計画で小中連続授業を計画している。
いま多くの自治体で小学校の校長が集まると話題は「1に英語、2に道徳、3,4も5も無い」という状況だと聞いているが、相模原市では「1に英語、2に道徳、3,4がなくて5にプログラミング」だという。ほんの少しの差かもしれないが、この差は大きい。ICT環境や機器が十分でなくてもやれるところからやる気概と知恵があれば「今すぐに出来るプログラミング教育」を実施することができる。
相模原市の取組は、ICT環境整備がままならない日本の多くの自治体の手本となるものだろう。
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