2015年4月6日
ICT教育の現場から/生iPadでは意味がない~近大附属高校にみるICT導入成功の秘訣~
生iPadでは意味がない~近大附属高校にみるICT導入成功の秘訣~
ライティングオフィス・トリガーワークス主宰
松見敬彦
2013年春。全校生徒3000名を超えるマンモス校でありながら、新入生と教職員全員にiPadを配布、教員の学校業務や授業・行事などのオペレートの多くをICT化させることに成功した近畿大学附属高等学校(大阪府)。
その意欲的な挑戦と成果は全国の注目を集め、『2013年eラーニングアワード』の文部科学大臣賞受賞に続き、『Apple Distinguished Program』(※イノベーティブで模範的な学習環境を体現する学校を世界中からノミネート、米・Apple社が認定するプログラム)にも認定。特に同認定は、筆者の知る限り日本初という素晴らしい快挙です。
同じく翌2014年度の新入生にも全員にiPadを配布、さらに2015年度新入生への配布を以っていよいよ3年がかりの全生徒iPad所有体制が完成。より一層の発展的応用に期待が集まります。まさに教育ICT導入を考える上でベンチマークといえる同校ですが、その成功のポイントについて「生(なま)iPadでは意味がないんです」と力説するのは、同校の教育ICT推進室長・乾武司教諭。これはどういうことでしょうか。同校の実践事例を紹介しながら、その真意をひもといてみましょう。
クラウド化で、業務時間・労力が圧倒的に短縮
近大附属高校は、生徒数3000名を越す大規模校。テスト、教科書、副教材、あるいはお知らせ類、データや管理資料、そしてその配布や回収、管理・保管……これらをすべて紙媒体とアナログな手段で行ってきた労力は想像を絶します。多くの先生方が事務作業に忙殺されて授業研究もままならず、教育者としてのジレンマに苛まれていました。
例えば夏休みの勉強合宿では、合宿所に持ち込む問題・解答用紙の量だけでも桁違い。用紙や出力にかかる費用も大きいうえ、輸送だけでへとへとになるなど、肉体的な負担も相当なものだったそうです。しかし、ICTの導入によりそれらは一挙に解決します。数千枚・数万枚の紙資料はすべてクラウド上に収まり、その場で生徒たちのiPadに配信するだけになってしまったのですから。
同様に、頭を悩ませていたものの一つが文集の編纂。作文を回収し、冊子として編纂・配布するまでに3カ月もかかっていましたが、それも半日で終わるようになりました。
理想の教育を追求し始めた教員たち
生徒へのきめ細かい対応が難しくなるのも大規模校ならではの悩みです。例えば定期テスト前には、ひっきりなしに生徒が質問に訪れるうえ、異なる生徒から同じ質問が何度も続きます。そのぶん他の作業が滞ることも多く、先生方は常に時間が足りない状態でしたが、これも質問や解説事例をあらかじめクラウド上にUPすることで解決されました。
もちろん学業指導だけでなく、一般のお知らせやスケジュール変更の情報なども一瞬で共有完了です。情報等の配信先は全校生徒から特定カテゴリ、個人に至るまで任意に設定できます。最近では保護者にもIDを発行し、生徒の現状共有や各種連絡も行えるようになったほか、将来的には、生徒一人ひとりの成績から身体測定の数値まですべて一元管理することも可能です。
つまりこうした一連の業務スマート化によって、先生方は「教師の本分」により情熱を注げるようになります。「こんな授業をやってみたかったんだ!」と、独自教材の製作、協働学習、あるいは反転授業、ALL ENGLISHなどを展開する先生方が次々に現れたのです。もちろん、生徒個々への対応もさらに手厚くできるようになりました。
iPadなしの学校生活は考えられない
これらの動きは、教科外学習にも新しいチャレンジを生み出します。その一例が『自分を見つめて』『ココロの扉を開いて』といった文集プロジェクト。同PJではまず、生徒らに今の正直な気持ちを綴らせ、文集として編集・配信します。そして、そんな仲間たちの心の内を読んだ感想を集め、もう一度文集として再編集・再配信するというもの。つまり「文集を読んでの文集」です。そこには「不安なのは自分だけじゃないんだ」「ここでなら頑張っていけそうな気がした」などの前向きな言葉が次々に並び、入学直後で不安だらけだった生徒たちの心の壁を取り払ってくれました。
ほか、お弁当を自作する『Selfmade Luncheon Week Project』もユニークです。このPJは、お弁当作りと同時に、(いつもお弁当を作ってくれる)親への感謝の言葉、メニューの工夫点などをまとめたプレゼン資料を作成し、コンテスト形式で生徒が相互評価するもの。もちろん、プレゼン資料のUP・閲覧も、評価(採点)もすべてiPad上で簡単に行えます。
こうした活用事例は枚挙にいとまがありませんが、運用開始1年もたたないうちに、先生方さえ予想していなかった波まで生み出しました。なんと、生徒たちが自ら利用方法をアレンジし始めたのです。
例えば学校行事で互いの写真・動画をiPadで撮影してレポートを編集したり、授業を動画撮影して自宅で復習に使ったり。ほか、勉強の教え合いや悩み相談なども校内SNSを通じて自然発生したそう。その延長で、科学好きの生徒同士が交流を深めサークル結成に至ることもあったほどだとか。同校は大規模校だけに、卒業まで一切の接点がない同級生がいることも珍しくありませんでしたが、ICTの導入はそんな壁にも穴を開けたのです。
つまり、生徒たちは教科書やノートの代わり、あるいは「場所、機会そのもの」としてiPadを手足のように使いこなしているということ。多くの生徒が「iPadなしの学校生活なんて考えられない」と語るのも頷けます。
タブレットを使えば教育ICTなのか
しかし、これらの成功事例を語る上で忘れてはならないのが、教員と生徒を一つの場所(クラウド環境)で結ぶ「教育プラットフォーム」の存在があったことです。いかにiPadやアプリが便利でも、それを先生と生徒が個々に使っていたのでは、教科書やノートがデジタルに置き代わっただけのこと。決して先述のような応用は生まれなかったでしょう。
冒頭の乾教諭による「生(なま)iPadでは意味がない」という言葉を思い出してください。同教諭が指摘するのはまさにこの点です。
重要なのは、時と場所を選ばず情報共有しながら教育支援できる「場」があること。誤解を恐れず言うならば、単にアナログをデジタルに置き換えるだけなら、必ずしも教育をICT化する必要はないのです。同教諭も「プラットフォームあってこその教育ICT。『生徒全員にiPad配布!』『デジタル教材・アプリで授業を行う!』という表面的事象のみをなぞらえた教育ICT化は失敗する可能性が高い」と警鐘を鳴らします。
教育プラットフォーム「CYBER CAMPUS」の存在
ここで、同校が導入した教育プラットフォーム『CYBER CAMPUS』(以下、CC)について見てみましょう。
「とんでもない武器を手に入れた」――これは、初代ICT教育推進室長として同校の教育ICT導入の旗振り役となった森田哲教頭が、CCが搭載されたiPadを初めて手にした時の感想でした。
CCは、株式会社エヌ・ティ・エスが同校と共同開発した教育機関向けポータルアプリ。デジタル教科書などの様々なデジタル教材等が搭載され、それらをベースに教材やデータ・資料・アンケートなどを作成・配布・回収・集計できるほか、告知・相互連絡・質問および回答、コミュニティ形成……学校生活で発生するほぼすべての事象を包括したグループウェア(*1)であることが最大の特長です。
(*1)回線を通じて、企業や学校など、組織内の情報共有を行うシステムのこと
開発元のエヌ・ティ・エス社は、その設計思想をこう語ります。「最大の特長はマルチデバイス(*2)構想。特定のデバイスやコンテンツを使用することを前提、あるいは目的とするのではなく、利用者の目的や組織構造に即した自由度の高いフレームにする必要がありました」。
(*2)タブレット・通常のPCなど、使用端末を問わず共通して利用できること
iPadのための教育ではない。教育のためのiPadだ
エヌ・ティ・エス社のこの思想は、非常に大切な要素です。デバイスやコンテンツを指定することなく「仕組み」に徹したからこそ、同校は何にも縛られることなく、CCのポテンシャルを次々に引き出し、応用を進化させることができたのですから。乾教諭の言葉に照らしても、ツールありきの発想は活用の幅をかえって狭め、失敗のもととなります。「iPadを授業で使いたい。ではどうやって使うか」という発想は本末転倒なのです。
例えば、かつて文科省の「教育の情報化ビジョン」に基づいて進められた「1校につき1台の電子黒板を配備」プロジェクト。実際はどうなったでしょうか?配備こそされたものの、どう使って良いのか分からないまま持てあまし、倉庫で眠らせている学校のいかに多いことか。目的意識なく、道具だけ渡されて「はい、これを使ってね」では、教育ICT導入は決して成功しないでしょう。
iPadを使うために教育があるのではなく、より良い教育実践のためにiPadを使うのだという原理原則を忘れてはなりません。目的と手段を履き違えてはいけないのです。
明確で具体的な理想を持つことが、教育ICT導入成功のカギ
森田教頭はこう語ります。「私たちには、目標がありました。『いつも、となりに、学校が~One on One~』という言葉を旗印に、3000名もの生徒の「個」と向き合いながら、教師として理想の教育を追求したいという想いです。それに最適な“手段”がICTであったに過ぎません」。乾教諭も「確かに当初は本校でも、『iPadのある学校』を一つのキャッチフレーズとしていました。しかし最近では、それも少し違うような気がしているんです」と明かします。
最も重要なのは「こんな教育をやりたい」という具体的な思想があるか。その思想があってこそのプラットフォームであり、iPadであり、アプリなのです。順番を間違えてはいけません。エヌ・ティ・エス社も「近大附属さんの成功は、CCの機能・性能の問題ではない」と言い切ります。
学校として実践したい教育環境の理想を具体的に持ち、その手段としてICTを用いた近大附属高校。そしてその理想に一つひとつ応えられるよう、シンプルな『仕組み』であることに徹したCC。一方的なiPad礼賛やツール原理主義ではなく、教育者本位、学習者本位、もっと言えば「教育本位」の思想。この思想の有無こそ、教育ICT導入における成功を分ける唯一のカギなのではないでしょうか。
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大学から学校、学習塾に至るまで、教育事情に精通したフリーライター。執筆業と並行しキャリア教育にも注力しており、学習塾・高校の外部講師や講演も務める。(株)GGC/フェロー・関西支社長として教育行政への各種提言を行うほか、教育で過疎地の活性化を図る「高校魅力化プロジェクト」の一員としても活動。
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