2022年5月12日
ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第19回 Society5.0時代における「子どもファースト」のICT活用(前編)
ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第19回
Society5.0時代における「子どもファースト」のICT活用(前編)
1.「平成で ネットが広げた 余暇活動」
今から15年ぐらい前、インターネットが当たり前になり、ガラケーではあるけど手のひらからもネットに繋がり、「欲しい情報を自ら主体的に得られる」ようになった、そんな時代のことです。
ある知的障害特別支援学校のICT分野に詳しい先生は、担任する高等部生徒の今とこれからにつながる余暇として、A君の好きなことであるラーメンの食べ歩きに着目しました。A君は地元のラーメン情報誌を買い、それを頼りに様々なラーメン屋さんで食べ、そして感想メモを残す几帳面な生徒でした。担任の先生はそれを当時ネット上にあったご当地のラーメン情報口コミ掲示板に投稿することを提案しました。掲示板では匿名のハンドルネーム(死語ですね💦)で個人は特定されることはありません。A君の素直で読み手に食べたい気持ちをそそらせる感想は、見る人に大絶賛され、今で言うところのフォロアーが着くようになりました。A君はもちろん家族の方もとても喜んでおられました。卒業後も彼のラーメン食べ歩きとその食レポは趣味として続いています。掲示板の読者からは、書き込んでいたのがまさか知的障害のある高等部生徒だったなんて誰も思わないわけです。手書きの文書だけではこのような体験・経験はできなかったでしょう。漢字の変換候補も提案されテキスト作成が容易にできる、まさにICTの普及とネット空間の存在がなせたステキな事例です。
2.「令和にて 学びを変える メタバース」
さて時は2022年、インターネットの進化形とされる「メタバース」が注目されています。これはアバターを介して人々が交流したり、仕事をしたり、遊んだりできるオンライン空間です。まだまだスマホのように一般に浸透しているわけではありませんが、私は、障害のある人が、自分の機能障害や苦手な特性は伏せたまま、むしろ好きなことや飛び抜けた能力(これを私は『得意で特異な能力』と呼んでいます)を活かして、仮想社会の中で活躍する、そんなことのお手伝いを考えています。人種、年齢、性別、学歴、肩書き、容姿、その他一切をリアルとは別にしてその空間で生きていくのです。翻訳ツールを介せば母国語がなんであれ、英語でもどんな言葉ででも、それが手話であっても話ができます。鉄道が好きなASDの子は、そこで同好の士とひたすら鉄道談義をするもよし、バーチャル社会に鉄道インフラを構築するもよしですね。メタバース空間における大学で都市デザインに関する教授になるかもしれません。
メタバースは、学びのあり方そのものも変えるでしょう。リアル社会の日本においては日本国憲法、教育基本法、学校教育法などに基づき、義務教育をはじめとした教育制度が確立されています。この制度は人間の有史以来、社会的には人間が文化的な営みを続け発展させるため、あるいは個々にはその人自身の自己実現のため、大きく寄与したことは間違いありません。またそこに学校や教科書という大道具・小道具は必要不可欠だったでしょう。現実世界では教師は大学卒業という学力や教員免許という専門性を担保に社会的には成立しています。しかし、メタバースの世界では教育とは「学校に行って教師から教えられる行為」という前提はあまり意味をなしません。自分が学びたいことを自己選択・自己決定し、ときには自分が教師という役割をすることもある、それがメタバースではできるのです。学校という舞台装置が不要となれば、もはや「不登校」という名称でネガティブに形容されなければならない状況自体が無くなります。また、こうした空間が成熟していくと、「リアル社会では果たしてどんな人なのか?」などと邪推すること自体が無意味になっていくでしょう。
さあ、ここまで読んだ方は、障害のある子/人にとってもとてもワクワクする社会を思い描いたのではないでしょうか。しかし、障害のある子どもを支える家族や支援者が理解しておくべき少し現実的な話もしておかなければなりません。
3.「昭和から 温故知新の AI化」
Society5.0 で実現を目指すいまとこれからは、IoT(Internet of Things)ですべての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことが期待されています。しかし、こうした高度化した情報化社会において、障害の有無に関わらず私たちは、本当に「欲しい情報を自ら主体的に得られる」ようになっているかというと、実は必ずしもそうではないのかもしれません。30年ほど前、60分のカセットテープに自分の好きな曲をCDからダビングして編集しても、両面で10曲程度しか入りませんでした。しかしその制約があるからこそ、ベストオブベストな曲を自ら探し手間をかけて収録するという作業を、労を厭うことなくしていたのかもしれません。またテープをノーマル/ハイポジ/メタルから選ぶなんてこともありました。そこまでして作った、世界で一つしかないカセットテープだから、ジャケット面に1文字ずつレタリングするなんて作業も苦痛ではなかったのだと思います。いたずらに懐古しているわけではありません。今はAppleMusicのようなサブスクリプションにより、いつでもどこでもどんな端末からでも自分の好きな曲にアクセスできます。AIが気分や環境によって自動で提案してくれさえもします。世界中にある楽曲はもはや多過ぎて一生かかっても聴ききれないでしょう。しかし、こうした音楽や動画に限らず、SNSなどの情報も、今では実は「フィルターバブル」と言われるように、検索履歴などからAIが判別してユーザーに興味がありそうな情報がユーザーの意図とは無関係に自動的に表示されます。ネットサービスやアプリを開いた瞬間にそうした自分にとって親和性が高い情報や興味のありそうな曲が自動的に提示されれば、ついつい開いたり聴いたりしてしまうものです。
「便利になったなぁ」と思う裏で、実はこうしたパーソナライズ(個別化)の精度が上がると、ユーザーは本当は自分が求めたはずの情報へアクセスすることが容易ではない、なんてこともあるのです。調べ物をするために検索サイトを開いたはずなのに、そこに提示されるニュースを反射的にクリックしてしまい、しばらくしてふと、「あれ、自分は何を検索したかったんだっけ?」と我に返るのは、私だけではないのでは? 便利さの享受はそのままに、人間がAIに使われることの負の側面にも意識をしつつ、かしこく付き合うことが求められていると思います。
4.「考えよう 子どもファーストの ICT」
さらに、先述のA君の事例で確認しておくべき大事なことがあります。それは、ラーメンが好きで食べることやその食後感を「自分のために」メモするということが、すでにA君の中に興味関心、高い動機づけとして内在していたということです。そこに担任の先生はうまく目をつけつつ、ネットの掲示板での発信につなげ、社会的評価を受けられるようにし、本人の動機付けをさらに高めました。その結果、卒後も続く趣味、余暇とすることができたのです。
ただしこれを学校の授業として複数の生徒を対象に一律でやっていたら果たしてどうだったでしょう。A君という生徒の、理解と表出双方に関わる読み書き能力、それらのICTによる補助代替の可能性、ネット上の社会の仕組みやそれを活用することのメリットだけでなくリスク面も含めた理解、今であれば『デジタル・シティズンシップ』と表現されるような主体的・自律的な情報モラル・スキルの習得の程度など、個々の生徒の発達や適応行動についての適切な把握があってこその、この余暇開発と考えるべきでしょう。GIGAスクール構想の実現により1人1台端末が行き渡りましたが、ICTがあればすべてがハッピーではなく、心身の機能はもとより、その人の興味・関心、ニーズ、との適合性を考えないままに十把一絡げに押し付けてしまわないよう気をつけなければなりません。
次回では、特にこの点について、特に知的障害児や発達障害児が、その子の得意で特異な能力や興味関心をさらに伸ばしたりする上でのICTの活用と、そのために関わる周囲の家族や支援者がどのように実態把握や導入をしたら良いのかについて、具体的な事例を挙げながらお話ししたいと思います。
イラスト提供:Atelier Funipo
《執筆者プロフィール》
水内豊和
帝京大学文学部心理学科 准教授 博士(教育情報学)・公認心理師
知的・発達障害児・者とその家族を対象とした発達臨床・心理支援、特別支援教育、そして発達や教育を支えるICT活用のあり方について研究しています。社会活動として3歳児健診の心理相談員や保育所や大学での心理相談・発達相談などの場で、子どもの発達支援や保護者の心理支援をしたり、学校内・外での知的・発達障害のある児童・生徒、地域生活をする成人のアクセシビリティ支援に取り組んでいます。主な著書に、『新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子の道徳教育実践』(ジアース教育新社)、『新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子のプログラミング教育実践1・2』(ジアース教育新社)、『知的障害のある子への「プログラミング教育」にチャレンジ!』(明治図書)、『よくわかる障害児保育』(ミネルヴァ書房)、『よくわかるインクルーシブ保育』(ミネルヴァ書房)、『ソーシャルスキルトレーニングのためのICT活用ガイド』(グレートインターナショナル)ほか多数。
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