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2022年7月28日

ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第20回 Society5.0時代における「子どもファースト」のICT活用(後編)

ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第19回 Society5.0時代における「子どもファースト」のICT活用(後編)

1.ICT活用における子どもの実態把握の重要性

前半の最後にも書きましたが、障害のある子どもにとって一律にICTを活用すれば有効というわけではありません。たとえば水内ら(2018) *1は、知的障害特別支援学校の中学部の体育科「立ち幅跳び」の指導において、跳躍の師範動画を大画面モニタに図示アプリ(たとえばCoachMyVideo)で注意点を描き加えながら再生し跳躍方略の理解を促進する、跳躍の一連の動作を側方から撮影したものを生徒の眼前にモニタで提示して自身の動きをリアルタイムで確認させる、跳躍時の様子をタブレット端末に動画撮影しすぐに生徒にフィードバックするなど、随所にICTを活用した指導を行いました。

その結果、ほとんどの生徒が自分にあった跳躍方略の選択とあいまって、ICT導入後の計測において跳躍距離を伸ばすことができました。しかし一部の生徒には自閉スペクトラム症特有の感覚過敏やこだわりといった特性により自分の姿が画面に映るのが嫌で、ICT活用がパフォーマンスに妨害的に働き、距離が縮んだものや跳躍そのものを躊躇ってしまうものもいました。ちなみにこの生徒の試技の際にはモニタをoffにすると意気揚々と跳躍しました。このことから分かるように、特に、障害のある子どもの教育におけるICT利用に際しては、一人一人の子どもの実態把握に基づき、教育的ニーズやねらいとの適合性をよく考える必要があります。

*1:水内豊和・青山真紀・山西潤一(2018)知的障害児の体育科「立ち幅跳び」指導におけるICT活用の有効性.教育情報研究,33(3),15-20.

2.個に応じたICT活用とは―読み書きの困難さの支援のケース―

A男くんは通常学級に在籍する、書きに苦手さを持つ小学5年生の児童です。A男くんは、決められた時間内で板書を書き写す際、写し間違いや乱雑な字になってしまうため、特に帰りの会の前に短時間で視写することが求められる連絡帳は、後から読み返すことができず、宿題や持ってくるものがわからないことが多くありました。そこでiPadのメモアプリから写真を撮ると、黒板に対して斜めの座席から撮影しても自動で台形補正してくれるため、先生の書いた読みやすい文字による写真メモで連絡帳を作成でき、その結果忘れ物も減りました。

B子さんも通常学級に在籍する、読みに困難さを持つ小学4年生の児童です。読みに関する困難については、まずは読みに対する苦手意識を払拭するために、学年相応のデジタル教科書ではなく、B子さんの好きな絵本のマルチメディアDAISY教材を作って、家庭学習用に提供し、音声読み上げと反転強調という視覚・聴覚のマルチモーダル(感覚)を利用した教材で、読みものの楽しさを味わうところから支援をはじめました*2 。

一方、同じく読み書きに困難のある社会人のCさんは、スマホやタブレットに標準的に搭載されているアクセシビリティ機能を上手く使えば、新聞のデジタル版をボイスオーバー機能により合成音声で読み上げることができ、自分で読まなくても聞くことで情報を得ています。新聞や雑誌などの印刷された紙の新聞や雑誌であっても、OfficeLensなどのアプリを用いると、写真撮影→OCR→Word化という作業を自動化しテキストファイルにできます。


*2:水内豊和・小林真・森田信一(2007)読み困難児に対するマルチメディアDAISY教材を用いた指導実践.LD研究,16(3),345-354.

読み書きを例に挙げてきましたが、A男くんやB子さんのように、子どもが学習初期の段階で読み書きにつまずきを感じることは、学習意欲を低下させてしまい、学習が積み上がらないだけでなく、次につながる新たな学習におけるつまずきを生む要因となってしまいます。また、学習に対する意欲だけでなく、「読めない・書けない」ことから「できない・わからない」思いは自尊感情の低下ももたらします。そのため先述のように、個々の子どもの適切な実態把握とそれに基づく支援のための方略としてICT活用が求められます。他方、Cさんのように大人であれば、生活に必要な読み書きとは、学習指導要領に基づき教科書に沿って行うものとは異なり、ICT機器を用いてでも他者とコミュニケーションをとり、社会生活を円滑にする上で必要な情報を得ることができ、楽しく豊かな生活ができることの方がより重視されるでしょう。

つまり、学習指導のための読み書きと生活支援の読み書きは連続線上にあり、そのウエイトはライフステージや読み書きが求められる文脈によって異なりますが、いずれにしても、努力や根性で読み書き困難を克服するのではなく、実態把握に基づくオーダーメイドの支援が重要であること、その方途の一つとしてICT活用が求められること、そのねらいとするところは、障害のある当事者にとってのQOL(Quality of Life: 生活の質)向上であり、本人にとっての「あたりまえへのアクセス」 *3であることは間違いありません。

*3:水内豊和のnote記事「知的・発達障害児・者とその家族の「あたりまえへのアクセス」のために」

3.障害のある子どものできた・わかったを支えるICT活用

現在、知的障害や発達障害のある生徒の多くがスマートフォン(スマホ)などの情報端末を所持し使用しています。しかし、彼らが抱えるICT機器活用上の問題も決して少なくなく、障害の特性に起因するマナー理解の不足や騙されやすさ、それらに基づくトラブルについての報告も多数みられます。こうした問題への解決として、特別支援学校でも、情報モラル教育が実践されています。しかし、トラブルへの対処を想定したソーシャルスキルトレーニング(SST)のような指導や、本人のやりたい気持ちに対して「スマホ依存は悪」という価値を押し付け、制限ばかりを強要することに終始しているのが現状です。子供たちはPCやスマホを使うスキルがあり、また様々なことに使いたいという欲求を持っているものの、保護者からは「寝た子を起こしたくない」という理由のために過剰ともいえるペアレンタルコントロールがかけられることもしばしばあります。またスマホの機能を使用するスキルはあっても、「心の理論」の獲得の難しさやコミュニケーションの困難などの障害特性に起因した社会生活上のマナーやモラルの習得の難しさからトラブルに派生することも少なくありません。このように、技術革新によりICTの操作が今後ますます容易になっていく反面、その操作の結果生じるであろう影響、特にネガティブな影響への予測は、もはや本人はもとより保護者も教師も不可能ですしそれを憂慮するとますます使用させにくくなります。

近年注目されている「デジタル・シティズンシップ」は、従来型の他律的で抑制的な情報モラルとは異なり、使用する権利の行使者であることを尊重したポジティブな考え方に基づいています。ますます加速化していく情報化社会に生きる障害のある子どもたちに対し、情報アクセスへの真の機会の平等を考える上で、幼少期から障害特性に応じてどのようにして情報活用能力を習得していけば良いのか、デジタル・シティズンシップという視点から学校段階からの教育や情報保障のあり方の検討が求められています。GIGAスクール構想に伴う1人一台端末が学習者の文具として真価を発揮するためにも、障害のある子どもにおけるデジタル・シティズンシップ教育の実践の積み上げと普及は急務の課題と言えるでしょう。2022年の日本特殊教育学会第60回大会*4 では、筆者も含め、知的障害のある子どものデジタル・シティズンシップ教育のあり方について、実践報告をもとに自主シンポジウムを行います。このテーマについてのおそらく我が国で初めての実践紹介と学術的な提案の機会になりますのでよかったらご参加ください。

*4:日本特殊教育学会第60回大会ホームページ

4.「ICTだからこそできる学びや経験」も大切に

2017年4月28日告示の「特別支援学校(小学部・中学部)学習指導要領」では、小学部において、「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身につけるための学習活動」を計画的に実施することを求めています。つまり、2020年度より小学校と同様に、特別支援学校の小学部段階においてもプログラミング教育は取り組むべきことと位置付けられました。プログラミング教育は、知的障害のある子どもにとっても重要な教育内容であり、単にプログラミング的思考を育むだけでなく、授業展開の工夫によりさまざまな学びを得ることができます(水内,2020: 2021)*5 。

また、知的障害のある生徒が特別支援学校高等部の卒業後に就く仕事の内容としてよくある清掃やお菓子作りなどは、近い将来AIにより無くなってしまう可能性が指摘されています。就職のためにPCスキルを教えるだけでなく、これからのAI時代を生き抜くためにも、タブレットやロボット、遠隔会議アプリなどのICTに触れさせて欲しいと考えます。

筆者らは、RoBoHoNやPepperといった人型AIロボットを用いて自閉スペクトラム症のある子どものコミュニケーション指導を行いましたが、その過程で自発的にプログラミングを習得したり、AIとのやり取りを通して人との関わりに興味関心を移行することができました*6 。またOriHimeという遠隔通信ロボットやZoomを用いた遠隔地との交流は、これからの時代の交流及び共同学習のやり方のスタンダードの一つになるかもしれません *7。

他にも、ドローンを用いることで、車椅子ユーザーの児童生徒は、普段見ている生活上の視点とは異なる視点から物事を見ることができます。これまで学級菜園では自分が車椅子でアクセスできる花壇の端からしか、自分の植えたひまわりを世話したり鑑賞したりできなかった学習活動は大きく変わります。さらには、デジタルプリンタを用いれば、自分の機能障害の状態に応じた自助具を作ることができます。OSが有するさまざまなアクセシビリティ機能を用いて自分でCADを用いて図面を引き、デジタルプリンタで成形した自分専用のスプーンを使って食事ができるのです。

このように、補助・代替的活用、教材・教具としてのICT活用はもちろんのこと、今とこれからを生きる障害のある子どもたちに必要な力を実装させるために、先生方には「ICTだからこそできる学びや経験」という視点からも、積極的に障害のある子どもの教育にこそICTを活用していただけたらと思います。

本記事は、筆者のこれまでの著作を元に再構成し、加筆・修正したものです。

*5: 水内豊和編(2020)新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子のプログラミング教育実践.ジアース教育新社.水内豊和編(2021)新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子のプログラミング教育実践2.ジアース教育新社.

*6:山崎智仁・水内豊和(2020)ICTを活用した自閉スペクトラム症児へのコミュニケーション指導.日本教育学会論文誌,43(Suppl.),13-16.山崎智仁・水内豊和・山西潤一(2019)知的障害特別支援学校小学部におけるICTを活用したダウン症児への国語科指導.とやま発達福祉学年報,10,57-61.

*7:山崎智仁・伊藤美和・水内豊和(2021)知的障害特別支援学校小学部と高校における遠隔による交流及び共同学習の実践.日本教育工学会論文誌,45 (Suppl.),41-44.

イラスト:Atelier Funipo
*イラストの無断転載・転用禁止

《執筆者プロフィール》
水内豊和
帝京大学文学部心理学科 准教授 博士(教育情報学)・公認心理師
知的・発達障害児・者とその家族を対象とした発達臨床・心理支援、特別支援教育、そして発達や教育を支えるICT活用のあり方について研究しています。社会活動として3歳児健診の心理相談員や保育所や大学での心理相談・発達相談などの場で、子どもの発達支援や保護者の心理支援をしたり、学校内・外での知的・発達障害のある児童・生徒、地域生活をする成人のアクセシビリティ支援に取り組んでいます。主な著書に、『新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子の道徳教育実践』(ジアース教育新社)、『新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子のプログラミング教育実践1・2』(ジアース教育新社)、『知的障害のある子への「プログラミング教育」にチャレンジ!』(明治図書)、『よくわかる障害児保育』(ミネルヴァ書房)、『よくわかるインクルーシブ保育』(ミネルヴァ書房)、『ソーシャルスキルトレーニングのためのICT活用ガイド』(グレートインターナショナル)ほか多数。

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