2021年8月12日
なぜ教員を辞めてマイクロソフトに? ~教育業界を変えるために選んだキャリア~【後編】
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政府による「GIGAスクール構想」大号令のもと、急速に ICT 化が進む学校現場。ただでさえ忙しいといわれる教員が対応に追われています。そういった学校現場の状況を反映するかのように、ある投稿が SNS 上でちょっとした話題となりました。その裏には『ICTで先生を世界一「面白い仕事」に!』という途方もない目標を立てて、学校の ICT 化にまい進する一人の元教員がいました。
学校の教員の方々の働き方を改善する ICT の使い方をまとめた「働き方を劇的に変える ICT の小技 10」が SNS などで話題となりました。教員の働き方に焦点をあてた同冊子の内容以外にも、小冊子の企画・制作者で元教員の栗原太郎さんのキャリアにも注目があつまりました。日本マイクロソフトに所属しながらも「先生は世の中で最も面白い仕事」と語る栗原さんの、キャリアと教育にかける想いをうかがいました。
「なぜ教員を辞めてマイクロソフトに? ~教育業界を変えるために選んだキャリア~【前編】」はこちら!
足かせがなくなった教員は本当にすごい
――それほどまでに教員に熱い思いを持たれている栗原さんは、どのような教員だったのでしょうか?
私は幼少期にアメリカに住んでいたのですが、そのときにブレンデッドラーニング(eラーニングと従来の集合学習を併用する教育方法)を経験しました。公立学校だったのですが、読書する子もいれば、協働学習を数人で行っているグループもあれば、PC で算数ドリルのゲームをやっているような子もいる。全員が違うことをしながらなぜか学びが進んでいく、そんな教育環境でした。一方、日本に戻ってからは丁寧に全員が同じことをできることを目指す、いわゆる一斉型の授業を受けました。
教員になってからは「生徒たちにとって最適な授業って何だろう」と考えながら試行錯誤しました。関心を持っていたのはモチベーションと評価ですね。熱中するとつい時間を忘れてしまう。きっと誰しもが経験のあるあの時間を生徒主導でいかに増やし、濃くしていくかということです。そしてそれらの体験を深い学びへとつなげる、いわゆる自立した学習者を育てるための評価設計と評価観について先生たちと日々議論を行っていました。
――教員としてのやりがいはどんなところにあったのでしょうか?
生徒が「変わる」瞬間に立ち会えることです。ある日を境に昨日と今日とで生徒がガラッと変わってしまうのです。教員でも思いつかない考え方をしたり、教員の想像を超えていくようなアイデアを出したり。そういった生徒が成長した瞬間に立ち会うと自分の頭の中に衝撃が走り、「面白い!」と自分自身も学びを深めていく大きなモチベーションになりますね。
――その瞬間に立ち会うために教員の方々は具体的どういったことすればよいと思いますか?
他者の考えに依存せず、生徒が自分で考えられるように育てていくという理念を元に教員の方々が探究していく必要があると思っています。自分で考えて、意見を構築し、学びを設計できる生徒はどうやって育てることができるのか。答えのない問いに対して、多様なバックグラウンドを持つ教員の方々と協働し、全力で知恵をしぼって教育の質を高めていくことが大切です。そのためには余白の時間や空間で、教員同士ちょっとした雑談や相談ができる環境が必要です。教育業界では同僚性と呼ばれているもので、それを高めることが生徒の成長につながると考えています。
教育関係者でなくてもおわかりかと思いますが、教員の方々っていろんな意味で個性的な人が多いです。その教員たちの個性が受容される環境において、協働できると信じられないような力を発揮します。これは前の学校で体験し、私が現在活動する上で原動力の中心になっていることです。
――時間に追われている教育現場を見ていると、それは難しい取り組みではないですか?
教員を取り巻く問題として大きいのは教育に専念する時間がないことです。よく会社の人から聞かれるので、あえて民間企業の仕事に例えていうと、「授業」という名の自分が主催する会議を毎日 8時から夕方まで連続でやるようなものですね。それが終わったら夜の 19 時くらいまで部活。部活が終わったらやっと申請業務やメールの返信などの残務をして、翌日の会議(授業)の準備が始まる。そして次の日も勤務時間のほとんどが会議(授業)、というパターンがおおまかな1 日のスケジュールです。そこに加えて防犯・防災や生徒の体調管理といった役割までも果たすマルチプレーヤー性(これがあるべき姿という議論はおいておき)も求められています。
時間的なゆとりがなく、生徒のためにフルパワーを発揮することができません。そんな中では教員同士で気軽に相談したり、悩み事を共有したり、新しい授業に向けた議論ができる余裕もありません。この状況では生徒のための教育を考えることは難しいです。
根本的な制度の改善ももちろん必要だと思いますが、このような教員の足かせをはずすのに一定の効果が期待できるのが ICT だと考えています。作業を効率化することで仕事量を減らすだけでなく、コミュニケーションツールとしても活用することで、フラットで有機的、流動的な組織を作ることができます。足かせがはずれた教員の方々のパワーは本当にすごいです。前の学校では ICT を導入したことによって、教育により専念できる時間が生まれ、年配の教員を含めどんどん新しいことにチャレンジしていくような文化が作られていきました。教員が創造的な仕事だと実感し、みんなで新しい授業について話し合って、毎日が本当に楽しかったです。
IT 企業として少しでも教員の時間を作ることが助けになると信じて
――今回栗原さんが企画・制作した小冊子ですが、SNS で多くの反響を得られたのはなぜだと思いますか?
教師のバトンの件*など、教育現場の厳しい労働環境に焦点が当たる現在です。やはり小技集でもいいから欲しい、と思うほど苦しんでいる現場の方がいるのだと思います。もちろん「ICT自体いらない」「余計な仕事が増えてしまう」「このようなもので解決できる仕事ではない」など、あの小技集に対するネガティブな反応も承知しています。コロナ禍でGIGAスクール構想が前倒しとなり、あらゆる学校がICT を使わざるを得ない状況となってしまいました。そういった状況でも仕事量は減らない、苦しんでいる教育関係者を一人でも救いたいという思いで自分の現場での経験から考案した小技集を作成しました。
ICT を導入したからといってすべてが解決するわけではありません。手段と目的が入れ替わらないよう、教員が熟議することが大切です。私も学校に ICT を導入する際に先生方とその目的を熟議した上で導入しました。だから目的を明確にして ICTを活用し、教員が力を発揮できる環境を作れたのだと思います。熟議した結果、ICT を入れない方がいいという結論になることもあるでしょう。しかし現実、は熟議せずに強制的に ICT を導入することになってしまった学校がほとんどです。ICT を導入しても学校現場は依然として教員の方々の時間がない状態で回っています。そういった学校の教員の方々のためにも少しでも熟議して、改めて考える時間を作ってもらえるようにすることが、元教員としてマイクロソフトにいる自分にできることだと考えています。小技集がいまそうやって苦労されている教員の方々の一助となれば幸いです。
元教員からマイクロソフトと異色の経歴を歩まれている栗原さん。そのキャリアは日本の学校すべてを ICT で変えるという大きな目標に向かう歩みの中にありました。コロナ禍、GIGAスクールの前倒しによって混乱の中にある学校現場。そこで苦しんでいる教員を救い、生徒のための本質的な教育ができるようにするために、マイクロソフトという IT 企業の力を使って日本の教育全体を変えていこうと努力されています。小技集の制作はまだまだ序章にすぎません。栗原さんの日本の学校を変える大きな挑戦はまだまだ続きます。
*教師のバトン: 文部科学省主導で行われた Twitter・note を活用した SNS プロジェクト。全国の教員同士で創意工夫や日常の共有を目的としていたが、学校現場の厳しい労働環境を訴える声が相次いだ。
「なぜ教員を辞めてマイクロソフトに? ~教育業界を変えるために選んだキャリア~【前編】」はこちら!
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