2013年7月23日
「BookLooper」動き出した電子書籍配信サービス/KCCS
ICT教育は加速しているか。YESでもありNOでもある。デジタル教科書はどうか。これは明らかにNOだろう。正規のデジタル教科書がまだ存在しないからである。実際にはデジタル化された教科書は存在するが、正規の「教科書」ではない。
これは、「教科書発行法」などの法律によって、デジタル教科書を「教科書」と認めることが出来ないからである。現状での立場は「副教材」のような位置づけなのだろう。
このような状況では「教育のICT化」は、加速しようがない。
「経済再生」と並んで「教育再生」を政権公約の柱に掲げる安倍総理が、自民党に設置した「教育再生実行本部」は、「国家戦略としてのICT教育」と題して「2010年代中に1人1台のタブレット整備」「世界水準のICT教育コンテンツ・システムの創造」などを提案している。そして、政府もデジタル教科書を正規の教科書とするための制度改革に向けて動き出している。しかし、その動きは急とはいえない。
デジタル教科書認可の動きに先駆け、「教科書発行法」に縛られない大学で電子書籍の配信サービスを進めている会社がある。
京セラコミュニケーションシステム(KCCS)とグループ会社の京セラ丸善システムインテグレーション(KMSI)である。
KCCSとKMSIは、大学での電子学術書の普及を目指し、2010年から慶応大学メディアセンターと共同で学生・教職員を対象とした電子学術書配信の実証実験を行ってきた。そして、2013年4月からは、京都造形芸術大学などの教育機関で電子書籍配信の商用提供を開始した。
実用段階に入った電子書籍配信サービスについて、両社の担当者に話しを聞いた。
ニーズがあるから「BookLooper」が動き出す
Kindleやkobo、Readerといった電子書籍端末をはじめ、iPadなどのタブレット端末、パソコンやスマートフォンなどさまざまなツールが普及し、電子書籍はわずか1~2年の間に一気に加速して身近なものとなった。
一方大学では、学生が利用する教科書や図書館の貸出書籍、講義資料、手書きノートなどを一元管理して、学習に活用できる環境が求められている。
KMSIはもともと大学の図書館を顧客としており、学習や研究の現場では電子化が進んでいるにもかかわらず、日本語の多くの図書や教科書が紙のままだという状況を認識していた。潜在的に書籍を電子化したいというニーズがあり、今後大学とビジネスを進めて行くには、書籍の電子化は欠かせないと考えていた。
KCCSは永年にわたってファイリングシステムを手掛けてきた。クライアントサーバーを使って独自のファイリングシステムを構築し、ビジネスフィールドに文書管理やファイリングサービスを提供してきた。慶応大学から「電子学術書配信の実証実験」を共同でやらないかと打診があったとき、KMSIの実績もあるのだからと参画を決定した。
出版業界ではコンシューマ向けの電子書籍は増えているが、学術書、専門書は著作権の問題などもあり出版社の対応も遅れている。電子書籍の導入を考える大学も、手探りの状態だ。慶応大学メディアセンターが実験を始めたのは、図書館と出版社や書店、KCCSのようなIT企業を交えてビジネスのスキームを作らなければ将来的な電子書籍配信のビジョンが描けないと、必要性を感じてのことだ。
配信サービスに必要な電子図書1000冊は、慶応大学が出版社に実証実験への協力依頼ということで用意した。
KCCSでは、安全性と利便性の観点から2つにこだわって開発を進めた。1つは「DRMと貸出期限の管理」、2つ目は「オープンな端末対応」だ。
DRM(Digital Rights Management)とは、デジタル著作権管理のことで、電子書籍の複製などを制御・制限するための技術だ。図書館にとって欠かせない貸出期限の管理機能とともに、デジタル書籍を提供する出版社の信頼を得るのには欠かせない技術である。
また、学生たちにとって使い易いサービスであるために、端末はオープンに対応できなければならない。パソコン、iPad、Android、スマートフォンなど端末を選ばず、いつでもどこでも使える環境を整備していった。
実証実験終了後のシンポジウムで、KCCSの津田事業部長は学生から嬉しい言葉をもらったという。
「はじめの頃はUI(User Interface)より、DRMをはじめとしたシステムにこだわっていたんです。ですから、多少使いづらいところがあったのかもしれません。しかし大学側が学生や教職員に行ったヒアリングから得た要望や意見を取り入れながら、UIの改善や「マーカーを引く」「メモを書く」などの機能追加も行いました。その結果、学生から『使い易くなりましたね』という評価をいただくことができました」。
産学一体となった研究の成果として、「電子学術書の実証実験」は商用サービスとしての「BookLooper」へと進化していった。
電子書籍配信サービスに求められる機能は
「BookLooper」は、開発でこだわったDRMなどのセキュリティー機能とオープンな端末対応以外にも、電子書籍配信サービスとしてのさまざまな機能を装備している。
クロスデバイス対応は、単にPCやタブレット、スマートフォンなどの端末をオープンで利用できるだけで無く、メモやマーカーを端末間で共有するなど、コンテンツを相互利用することが可能だ。
教育用の電子書籍配信サービスには、本を借りたり買ったり読んだりするだけでなく学習用途に適した機能も必要だ。
電子書籍コンテンツに、ブックマークやマーカー、メモを挿入し、学習を支援するビューア機能。
ダウンロードした電子書籍コンテンツを横断して、全文検索できる機能。
教科書、図書館の貸出書籍、学術・専門書、講義資料、外部のクラウドサービスなどに蓄積された手書きノートなどを一元管理する本棚機能。
もちろん、「BookLooper」ストアサイトで電子書籍コンテンツ購入する際の決済機能なども必要だ。
また、大学の既存システムであるOPAC( Online Public Access Catalog)と連携して、電子書籍だけでなく紙の書籍の検索や貸出手続きができる機能など、学生の利便性を向上させるさまざまな機能が求められる。
「BookLooper」は、開発当初には学生のニーズに機能が追いつかない状態だったが、慶応大学との2年以上の共同実験によってシステムの完成度を高め、商用利用をスタートさせるまでに至った。
高まる期待と新たな課題
「BookLooper」は2013年4月、京都造形芸術大学が新設した通信教育学部芸術教養学科で採用された。教科書や教材のデジタル化や利用許諾は、取次大手の日本出版販売が担当、総合教育30科目で使用する市販書籍やオリジナル教材をデジタル化して提供した。
同じく、2013年4月創価大学が新設した看護学部でも「BookLooper」が採用された。ICT化が急速に進む医療・看護の場で、ニーズに対応できる看護師の育成を目指し「いつでもどこでも学習できる環境づくり」のため、看護学部の新入生全員にノートPCを貸与するのを機に導入を決定した。
創価大学では、KMSIが丸善で培ったノウハウを活かして、講義で使用する教科書や教材の電子化を担当。出版社とのコンテンツ提供交渉も行った。丸善が教科書販売や図書館運営を通じて築き上げた実績とDRMなど「BookLooper」のセキュリティー機能に対する信頼が交渉を進める原動力となった。
現在、慶応大学医学部で進めている「電子教科書配信実験」では、医学系学術出版社の協力を得て、医学系専門書、学術書の配信サービスに取り組んでいる。医学部では、学生が数多くの専門書を持ち歩かなければならず、またページ数が多く、図表を用いた説明も多いため、学生・教職員からデジタル化やITを活用した効率的な学習を望む声があった。
慶応大学では、医学部の2年生全員と教職員約140名にiPadを配布し、授業や自宅などで利用しながら、学習・研究に適した利用モデル、商品モデルの開発に必要な基礎データの収集を行っている。
学生は、「BookLooper」を使って、iPadにダウンロードした電子教科書を学習に利用するほか、慶応大学メディアセンターが提供する学術書や学術雑誌などもiPadで閲覧することができる。
実証実験や商用サービスとして提供されている「BookLooper」だが、大学や専門学校に普及するにはまだ「高い壁」がある。
それは「コンテンツ」。つまり、「BookLooper」を使って配信される、教科書や教材、専門書などをどれだけデジタル化して提供できるか。コンテンツを握る出版業界にとって、こうしたコンテンツのデジタル化がビジネスとして成立するビジョンが描けるかどうかである。
KCCSとKMSIでは、学生や教職員にとって使い易く、より深い学習や研究に活用される機能を磨きながら、コンテンツ利用のセキュリティー強化や決済機能を向上させることで出版業界が参画し易いビジネスモデルの構築を目指している。
電子書籍配信サービスはまだ動き始めたばかりだが、その動きが一気に加速するのはそれほど先ではないかもしれない。
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