2014年9月5日
1人1台iPadへ 松田校長の決意と挑戦/多摩市愛和小学校
東京都多摩市立愛和小学校の松田孝校長は、戦っている。
何と戦っているのか。教育委員会か、市の財務担当者か、教職員や保護者か。
それとも、児童たちか。はたまた、100年以上続いた授業のやり方か。それら全てかもしれないし、自分自身ただ一人かもしれない。
わからない。それはわからないが、「やってやろうじゃねえか」という決意と気合いで「1人1台タブレット授業」実現に向かって挑戦を続けている。黙っていたら2020年までに小中学校の児童・生徒1人1台タブレット端末なんて実現しそうもない。せいぜい、現状のパソコン教室並の1校40台整備が関の山だろう。
なんとしても1人1台タブレットを実現したい。「1人1台100%」を広めたい。そのために尽力したい。なぜなら、1人1台タブレットを使った授業は成果を上げているのだから。新しい教育スタイルの実現に、絶対役に立つから。
全力で戦い続ける松田孝校長の、決意と挑戦を紹介する。
松田孝iPadと出会う
松田がタブレットに興味を持ち始めたのは、2010年、狛江市の教育委員会に勤務していたとき。教育委員会の指導室にいてICTも担当していた松田は議会に呼ばれ、「スクール・ニューディール政策」で各校に配備された「電子黒板」の利用状況について問われた。『電子黒板は活用されているか』と。答えられなかった。電子黒板の利用状況など、何も把握していなかったからだ。
学校を回って確かめてみると、これがほとんど利用されていない。電子黒板だけあっても、使いようが無いのだ。どうしたら活用できるのだろう。せめて、タブレットがあれば、もう少しいろいろできるかもしれない。2010年発売を開始したアップルのタブレット端末iPad は世界中で支持され、2011年4月には第二世代が日本での発売を開始していた。
2012年、アップルのセミナーに教員など20名で参加、iPadが教育現場でどう使われるのかを体験した。直感的で簡単な操作方法、子どもたちの興味を惹きつけそうな様々なアプリ。「これは使える」。そう確信した松田は、iPadの導入計画を策定、教育委員会など各部署に働きかけた。
紆余曲折あったが努力が実り、2013年度から狛江市の全小学校(6校)にタブレット端末を各41台(児童用40台、教師用1台)と電子黒板各校3台、特別支援学級には、タブレット端末10台、電子黒板1台の配備が決定した。これは、東京都内では初の試みだった。いよいよ、iPadを使った授業を始められる。
しかし、2013年度が始まったとき、狛江に松田はいなかった。多摩市の東愛宕小学校(現愛和小学校)に校長として着任していた。iPadが教室で使われるのが見たかった。iPadを使う子どもたちの顔が見てみたかった。そして、学力の向上という成果を体験してみたかった。
1人1台iPadを調達する
児童数89名という小規模小学校の校長となった松田は、この人数なら自力で1人1台iPadが実現できる、なんとかなると考えた。正規のルートに正規の手続きで申請しても、いつ手元に届くか分からない。それなら自分で何とかした方が早い。購入資金を工面するのではなく、iPadを貸してくれるところを探し回った。有り難いことに、一番金の掛かる無線LAN環境は市が整備してくれることになった。
幸い、これまでの実績を評価して100台貸してくれる企業があった。ただし、半年間だけ。2013年10月、1人1台iPadがスタート。ID・パスワードの他、通信の設定、アプリのダウンロードすべて自分でやった。松田はiPadを児童一人ひとりに1台ずつ「大切に使えよ」「壊すなよ」「勉強しろよ」などといいながら手渡した。利用ルールも利用計画も、マニュアルすら無い。とにかく、好きに使えばいい。というレベルの、スタート。
その翌月には、「iPad5ケ月目の挑戦!~公立小学校の新しいかたち~」と題した公開授業を、翌年2月に行うという案内をリリースした。3ヶ月も先のことで、どうなるか分からなかったが、とにかくそれまでに何とかしなくてはならない。
iPad100台の貸与期間が終了する3月までに成果を示し、新学期から利用するiPadの手当をしなければならない。結果を出さなければ、次が無いのだ。
しかし、公開授業が予定されていた2月15日。関東地方は歴史的な大雪に見舞われた。交通機関の目処も立たず、やむなく中止。iPadを使って既存の教育を変えられそうな予感があったのに、それを伝えられず本当に残念だった。
新しい教育スタイルを作ろう
ICT教育には、電子黒板やタブレット、実物投影機やパソコンなどの機器、無線LANなどの通信環境のほか、学習に使う教材が必要になる。
ICT教育元年と呼ばれた2013年、EdTechでスタートアップした企業から大企業の新規事業まで、様々なかたちでデジタル教材や教育用アプリが開発されていた。
2月に予定していた公開授業は大雪で中止になったが、多摩市の公立小学校で1人1台タブレットのチャレンジが行われていることは業界では知れ渡っていた。教材やアプリを開発している企業からの協力要請が多くなった。
特に開発過程のアプリやデジタル教材の運用テストにおいて、100名程度という人数、通信環境、1人1台タブレットなど条件が整っているのは魅力だった。
松田はこうした運用テストを、内容を吟味した上で積極的に受け入れることにした。動画編集・プレゼンテーションアプリとして実績のある「ロイロノート」のスクール版、隙間時間を使ってスマホやタブレットで学べる「アプリゼミ 小学1年生講座」などの導入、運用を決めた。
「ロイロノート・スクール」はApple TVと組み合わせることで、電子黒板がなくても分割画面の表示を可能にしてくれるし、「アプリゼミ」は隙間時間の活用にちょうどいい、子どもたちの集中力も養ってくれそうだ。
1人1台タブレットを実現し、新しいアプリやデジタル教材を活用して、一日も早く「新しい教育スタイル」を作り上げたい。
20年30年先の教育はどうなっているんだろう
愛和小学校には7つのクラスがある。管理職を除き、担任教師7名に加え専科等教員が5名。そのうち今年着任したのが8名。もちろんこれまで1人1台タブレットを使った授業の経験は無い。
松田は教師たちにiPad利用について「ああしろ、こうしろ」とは言わない。使い方は教師たちに考えて欲しいからだ。上手に使う教師がいれば、あまり使いたがらない教師もいる。若くて消極的な教師には、教師歴31年の松田はこう言ってやる。
「この先何年教師をやるつもりか。続けていくなら20年30年先のことを考えてみよう。今と同じ教育のやり方が続いていくのか?変わっていくだろう?だから、ICTの活用を考えなければいけないんだ」。
これまでのやり方を変えるのは大変なことだ。今までのやり方の中に、教師としてのアイデンティティを見いだす人もいる。夕暮れの職員室で、赤ペン片手に○×つけて採点作業。「俺って、教師なんだなあ」などと。
これがICTを活用すれば、テストが終わったら教室で瞬時に採点、瞬時に集計、正答率の表示も電子黒板を使った答え合わせも簡単なことだ。データをサーバーに送れば、即座に成績表に記録される。
今すぐすべてがそうなるわけではないが、そうした未来に近づいていかなくてはならない。教師たちは、これまで自分がやってきたやり方や考え方とICTの活用を、何とか整合させようと努力してくれている。松田の一存で始めた1人1台iPad教育だが、やる気の無い教師は一人もいない。
公開授業で見せつけられたこと
2014年6月28日。松田が待ちに待った公開授業の日がやって来た。
玄関で、保護者や見学者、メディアなど来客を迎える松田の顔は笑顔に溢れていた。ようやくiPad活用の現場を多くの人に見せることができるからだ。
1年1組の教室に行ってみた。
大型テレビには
①あさのしたくをしよう。
②iPadしつからじぶんの
iPadをもってきましょう。
アプリゼミをやりましょう。
と、映し出されている。
登校した子どもたちは、iPad室から充電の完了したIPadを持ってきて、さっそく「アプリゼミ」に取りかかる。国語をやる子、算数をやる子様々だが、みな操作は手慣れている。
授業開始時刻、教師が教室に入ってきた。
「はーい。それでは授業はじめるよ。アプリゼミやめて。iPadをしまって。10,9,8…」カウントダウンがはじまった。
「いいかな3…2…1」。
10秒後、すべての子どもたちの机の上から、iPadがなくなった。
躾がよく行き届いている。
松田は1人1台タブレットを配布するに当たり、規則やマニュアルを作っていない。ネットの利用も、特別な制限はしていない。ただ、二つのルールを守るようにと子どもたちに伝えた。一つは「iPadの利用は先生の指示に従うこと」、もうひとつは「天気の良い日は外で遊ぶこと」だ。
1年1組の授業では、何度かiPadの出し入れを行ったがすべての児童が先生の指示に従っていた。しかし、授業が30分を過ぎた頃、ひとりの児童がiPadの画面を隣の児童に見せたり話しかけたりして、教師の話を聞かなくなった。副担任が何度か直接注意し落ち着きを取り戻した。
授業後担任教師に聞いたところ、「iPadを使うようになってから、授業の途中で騒ぎ出す子どもが減りました。これまでだと、1年生の場合25分を過ぎた頃から数名の子どもが落ち着かなくなったり、騒いだりしていました。iPadを使うようになって、集中力がついたように思います」とのことだった。
1年生はiPadを使って僅か三カ月、授業も子どもたちも変化しはじめているのだ。
公開授業の向こう側
公開授業では、それぞれの教室の様々な授業でいろいろなiPadの使い方が紹介された。教室に3Dプリンターを持ち込んだ授業まであった。
公開授業では起こりがちなネットトラブルもなく、授業も無事終了した。
松田は、胸をなで下ろした。ひとまず成功して良かった。失敗したら次は無い。
1人1台iPad学習の成果について松田は、「学ぶ事への集中力」「人前で発表する力」「協働学習のやり方」「デジタル教材を使うこと」などが身についてきたと感じている。成果は上がっている。しかしまだ、一番大切なことの確証が得られない。
それは、1人1台iPad学習による「学力の向上」である。
公立小学校の校長はいま、多くの課題を抱えている。防災や安全対策、人権問題にインクルージブも大変だ。しかし、学校が学びの場である以上「学力の向上」無くしてその存在理由はない。そのために、ICTの活用、iPadの導入があるのだ。
松田は昨年のiPad導入以来、難しいとされる小学校での学力向上の成果検証に挑戦している。いわゆるエビデンス(科学的根拠)を示すために、標準化されたテストや調査方法を導入して確かなデータを採ろうとしている。
今年11月に予定している「収穫祭」に成果検証が間に合えば、まさに“秋の実り”になることだろう。そして、その成果は1人1台iPadの継続のみならず、新しい教育のあり方にも影響することだろう。
BYODにならないかなぁ
成果を挙げなければ次は無い。でも、iPadがなくても次は無い。
愛和小学校は今年児童数140名。来年は約190名になる。いまでも一杯一杯なのにあと50台のiPadを用意できるだろうか。その先、再来年には統合で児童数が320~30名に増える。これはもう松田の自力では、どうしようも無いだろう。
「BYODになってくれないかなぁ」。松田が漏らした一言。
BYODとは「Bring Your Own Device」の略で、個人が所有するタブレットやパソコンを会社や学校で利用することを言う。私立の中高などでは、1人1台実現のため採用している学校もある。
日本には、子どもが小学校に入学するとき祖父母などがランドセルを購入する習慣がある。その習慣を少し発展させて、父方がランドセルで母方がiPadにならないか。ランドセルをやめて、手提げにiPadにならないか。そうした環境にない児童には、国や地方自治体が提供してはどうか。そして何より、教育用にiPadが安くならないか。
松田は、なんとしても1人1台iPadを続けたい。新しい教育のスタイルを作りたい。それが、21世紀に相応しい教育を実現することなのだから。
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