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2016年2月17日

「片手にチョーク、片手にスマホ。」ハイブリッド黒板アプリ“Kocri”

EdTech最前線
「片手にチョーク、片手にスマホ。」ハイブリッド黒板アプリ“Kocri”

「21世紀に相応しい教育」、「ICTを活用した教育」。こうした教育のあり方について語られるとき、その対極とされるのが「明治以来100年以上続く、旧態依然とした教育」である。旧態依然の教育って?それは、教師が教壇の上から一方的に講義を垂れ流す教え方であり、ひたすら教師が板書してそれを書き写す授業のやり方である。つまり、黒板を使った授業が昔のままで少しも進歩や発展がないと言われているようなもの。21世紀に相応しい教育に不要なもの、それは「黒板」である。

今回のEdTech最前線は、ICT教育の現場で敵役にされそうな黒板メーカーのチャレンジ。主人公は、株式会社サカワの5代目、坂和寿忠(さかわ としただ)常務(29歳)である。

□「夢は黒板屋」だった

片手にチョーク、片手にスマホ。の5代目

片手にチョーク、片手にスマホ。の5代目

明治元年から続く漆塗業を生かして「坂和式黒板製作所」が創業したのは1919(大正8)年のこと。5代目となる坂和寿忠は、バブル景気がはじまる1986年に生まれた。小学生時代の文集に「夢は黒板屋」と書くほど、将来に疑問はなかった。

その頃は年に数回、家族で海外旅行に行っていた。一番印象に残っているのが、カンボジアでの地雷処理見学だというから、ただのバブルな観光旅行とは一線を画す。そんなことが出来るのも「黒板が売れて会社の景気がいいからだ」と寿忠少年はわかっていた。

そんな少年が高校生になり、将来について話をしているとき「黒板屋にはならないかなあ」と何気なく言ったところ、母親に泣かれて驚いたという。しかし、「考えてみたら、親を泣かせてまでやりたいこともないか」と、大学卒業後はサカワに入社。そのとき、時代は既に21世紀。ICTが徐々に学校に入り始めていた。古い黒板はもういらない、「時代は電子黒板」かのように言われ始めていた。

21世紀も教室の中心的存在を占める“黒板”

21世紀も教室の中心を占める“黒板” ( YsPhoto / PIXTA)

「たしかに、黒板を使った授業が昔ながらの授業と言われるのは仕方ないと思います。サカワでも10年前から時代のニーズに先駆けて電子黒板を販売していますし、需要もありました。でも、昔ながらの黒板が、無くならないんですよ。教室の正面にドーンとあるんです。だったら、黒板を教室から排除するんじゃなくて、黒板を使ってICTを導入すればいいんじゃないかって思ったんです」と、5代目。

ハイブリッド黒板アプリ“Kocri(コクリ)”のアイデアのスタートだった。

□黒板と電子黒板の間

黒板を使ってICTを活用するというアイデアは浮かんだものの、なにをどうすればいいのかが分からない。スマートフォンとプロジェクターを使って黒板に映し出すアプリの漠然としたイメージはあるものの、具体的な方法が分からない。そこで、誰か一緒にやってくれないかとネットで探してみた。

「面白法人カヤック」という、本当に面白そうな会社をみつけて、ネットで問い合わせしてみた。2014年2月のこと。突然の依頼にもかかわらず、快く受け入れてもらい、5月には試作品が形になる。

「第5回教育ITソリューションEXPO」では試作機を公開。「黒板の上部にプロジェクターを取り付け、黒板をタッチすると線やハイライトを投射できるほか、スマートフォンで撮影した画像や動画をすぐに黒板に表示できるなど、デジタルの表現と、チョークによる手書き文字を融合させた授業が、直感的な操作で行える仕様」と、小紙でも紹介した。

黒板でも電子黒板でもない、デジタルとアナログのハイブリッドなツールが誕生しようとしていた。

そして、”みらい”に繋がるアイデアを募り、新しい”こくばん”を作っていこうというプロジェクト「みらいのこくばん プロジェクト」がスタートした。

体験会で説明する5代目

体験会で説明に熱が入る

自分の作りたいものを作るのではなく、現場で求められているものを作ろうという5代目の「訊く姿勢」の現れだった。

それからおよそ1年。試作と展示会を繰り返しながら熟成を深めたアプリは、ハイブリッド黒板アプリ“Kocri”として、2015年7月29日に発売を開始した。

8月18日に行われた体験会には、楽しそうにアプリの説明をする5代目の姿があった。

□“Kocri”のどこがハイブリッドなのか

サカワとカヤックが共同開発したアプリは、ハイブリッド黒板アプリ“Kocri”(コクリ)とネーミングされた。どこが、なにがハイブリッドなのか。

デジタルとアナログ、黒板と電子黒板、スマートフォンとプロジェクター、従来の授業法とICTを活用した授業法、いろいろなもののハイブリッド(組み合わせ)なのだ。

“Kocri”が目指すのは、板書の大切さをそのままに、今ある黒板にスマホをプラスするだけで実現できるICT活用授業。それが、“だれでも使える” “だれでも導入できる”こと。もちろん、黒板でなくプロジェクターのスクリーンでも使用することもできる。

“Kocri”の基本機能をいくつか紹介する。

sakawa-04はじめに、これは便利と感心したのが「オブジェクト機能」の「背景」にあるガイド表示だ。音楽室にある五線譜黒板同様に、最初から印刷されいるように黒板に罫線を表示することができる。一瞬にして普通の黒板を方眼紙や英語ノート、漢字ノートなど、様々な黒板に変身することができる。そして線と線の間の幅も、自由に変ることができる。これは、教師はもちろん子供たちに板書させるときに特に便利な機能だ。白黒反転機能があるので、黒板には白線でホワイトボードには黒線で見やすく表示可能。

「オブジェクト機能」には他に、○△□や矢印、吹き出しなどを表示する「図形」と白文字・黒文字・アウトラインで表示できる「文字」がある。図形の手描きや文章の板書に自信のない教師には心強い機能。

「マイファイル機能」の「ファイル表示」は、DropboxやiTunes同期ファイル、カメラロールにある写真やファイルを自由に呼び出して表示することができる。これまで、板書したり、紙を貼り付けていた資料を画像ファイルやPDFファイルから単に表示することができる。

また、表示した画像は複製したり、大きさや角度を編集したり、白黒反転したりできる。

sakawa-03

「カメラ機能」は、スマホのカメラで撮りながら、黒板にリアルタイムで映像を映し出せるもの。画面ロック機能もあるので、書画カメラのように教科書や資料を大写しにしたり、子供たちの答えを撮影して黒板に映し出し、クラスで共有しながら授業を進めることもできる。カメラ機能で撮影したデータは、マイファイルの「Kocriで撮った写真」から引き題して使うことが可能だ。

「シーン機能」は、黒板に投影した映像を自由に切り替えられるもの。事前準備した写真やファイル、今撮影した教室の写真やオブジェクト機能で作成した図形や背景などの表示切替が簡単にできる。

プロジェクターの投影しているシーンは「投影中」と表示されるので、シーンの選択や切り替えをするときにとても分かりやすい。

この他、スマホの画面に指を置けば、黒板上の注目させたい場所を示すことができる「ポインタ表示」や、図形や映像を映す必要がないときに、ワンクリックですべての表示をOFFにできる「ミュート表示」などの便利な機能がある。

こんな解説を読むより、自分で触ってみるのが最も“Kocri”の良さに気がつく方法だ。App Storeで「kocri」と検索すれば、無料で手に入れることができる。

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様々な機能を試して、自分の授業に生かせそうな使い方を各々で見つけ出してもらうことが、“Kocri”活用の一番の近道だろう。黒板を使っているだけでは十分表現できない、伝えられない、もどかしいと感じているデジタル世代の教師には便利なツールになることは間違いない。

****

昨年12月のある日、5代目から「ある中学校の公開授業で何人かの先生に“Kocri”を使ってもらえることになったんで、観に来てもらえませんか」という連絡をもらった。

実際に授業で使われいるところを観たことがなかったので、出かけて行くことにした。

最初に参観した国語では、授業の冒頭で漢字の書き取りテストの発表を黒板に“Kocri”で問題を映写し、ます目に生徒たちが答えを書き込むという“Kocri”らしい使われ方をしていた。しかし、その他のいくつかの授業では黒板の脇にプロジェクターを設置し、“Kocri”で画像を映写するだけで、書き込みの機能は使われることがなかった。

教師の板書や資料の貼り付け労力を軽減し、授業のアクティブ化や生徒の発表を活性化させるという「映し出して、書き込める」“Kocri”の最も得意な使われ方が行われていなかったのだ。

その一番の原因は、教師が行う板書の完成度の高さにあった。授業設計が完璧に行われている授業では、板書の内容やスペースの使い方もしっかり計算されていて、授業の流れ=黒板の使い方、になっている。このやり方では、“Kocri”を生かす時間もスペースもないのだ。

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日本e-Learning大賞の授賞式で(右)

5代目は、浮かない顔で呟いた。「これじゃだめだ。“Kocri”を使ってもらう意味がない」。

発売開始数ヶ月で7000件以上ダウンロードされた人気アプリ“Kocri”。昨年10月の「第12回 日本e-Learning大賞」では見事、大賞を受賞。直後に5代目は、「何らかの賞は絶対獲るつもりでいたが、まさか大賞とは思わなかった。本当にうれしい」と、喜びを語り、順風満帆に見えた。

しかしこの日、厳しい現実に直面し、表情は冴えない。ハイブリッド黒板アプリは黒板に勝てないのか、いや、共存できなのか。

公開授業の教室で小林営業推進室長(右)と話す5代目

公開授業の教室で小林営業推進室長(右)と話す

公開授業終了後、教室の片隅で、サカワの開発メンバーと語り合う5代目の姿があった。落ち込んでなどいられない。どうすれば黒板で使ってもらえるのか、“Kocri”の機能を授業で活用してもらえるか、アプリにできる改良はあるのか。できることは、すべてやる覚悟だ。

100年続く黒板屋の5代目のチャレンジは、まだまだ続く。「片手にチョーク、片手にスマホ。」が教室で当たり前に見られるようになるまで。

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