2018年6月11日
教育ICTの基盤を作る外部コンサルティングの有用性
~ソフトバンク コマース&サービスと多久市の事例~
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2018年1月から、「児童生徒の学び方と教職員の働き方改革プロジェクト」が始動した佐賀県多久市。プロジェクトでは、多久市、多久市教育委員会、ソフトバンク コマース&サービス、日本マイクロソフトが連携し、学びにおいては協働学習の強化など、教職員の働き方改革ではパブリッククラウドを活用して校務の効率化などを図っていく。
その運営を主導しているのが、クラウドシステムの運用を行うソフトバンク コマース&サービスだ。そこで、同社のICT事業本部 EM本部 EM営業統括部 エデュケーションICT推進室 室長である古泉学氏に、多久市の事例をもとに、教育ICTの課題について話を聞いた。
ニュートラルな立場でICT導入のサポートを行う
ソフトバンク コマース&サービスのエデュケーションICT推進室は2013年に発足し、以後、累計300以上の自治体や学校等にICT運用のサポートを行ってきた実績をもつ。
「エデュケーションICT推進室では、自治体から教育委員会、学校、学習塾まで、IT/ICT教育の環境整備の総合的なコンサルティングを行っています。こうした外部コンサルタントという立場で既存の企業が関わっていく例は、まだ国内ではほとんどありません」と、古泉氏は話す。
チームが発足したきっかけは、やはり2020年からの教育改革にあった。その中に示されている根幹は、「日本の教育を変える」「日本の未来を変える」というものであり、子どもたちの学びを変えるために、ICTを活用するというのが大前提だ。
「では、『教育を変える』という大きな目標の実現のためには何が必要なのか。まずは、学校や自治体に現場に足を運び徹底的にリサーチしました。新しいビジネスを始めるために「現場の課題を知ること」、それが第一歩です。現場でメンバーと共有する課題と取り組むべき目標は、製品を売り込むのではなく、学校や自治体が実現したい目標を共有し、その実現に必要である最適な製品やサービス、システムを、ニュートラルな立場で選択するお手伝いをするというところに辿り着いたのです」
先生の働き方を大きく変える多久市のクラウドシステム
先に挙げた多久市はその最たる例だ。「現教育長の田原優子氏が掲げた『子どもたちのために能動的な学びを,授業時間内の8割で実施する』という改革を実現させるためには、まず先生たちが今までの授業の在り方自体を変えなければいけない。そのためには、先生たちの働き方を改革しなければいけない。そこで、ICTを活用することで、教員の方々の働き方を効率化して時間を作りだす。つまり、目的は『子どもの教育のため』という、とてもシンプルなところから発しています」
多久市の場合、日本マイクロソフトのクラウドサービス『Microsoft Azure』を使い、システムを学習系と校務・教務系に分けている。それぞれがクラウド上にデータをもっており、先生は一台のPCで生徒が学習しているデータを共有したり、校務のデータに安全にアクセスしたりすることが可能だ。これにより、先生は自宅でも安全に校務などの作業を行うことができ、労働時間の短縮にもつながるという。
また、生徒が使用するアプリケーションは、ほとんどが『Microsoft 365 Education』の包括契約を持っていれば、無償で使用できるアプリを利用していることにも注目したい。さらに、『Office 365』のポータルや、Windows用のアプリを購入できる「Windows ストア」も多久市用にカスタマイズされており、ストアでは多久市推奨のアプリのみを学校で導入できるようにするなどのセキュリティーと利便性の両面の実現をはかっている。
「クラウドを活用したこれらのシステムは、やる気になれば技術力があるIT企業なら実現できるもの。しかし、クラウドのテクノロジーは利用する側にとっては便利なサービスですが、実際の実装は想像以上に大変な仕事であり、実現が難しいものです。ただ需要は多いと思います。多久市の事例が紹介されて以降、やりたいという自治体からのお話をたくさんいただいています」と、古泉氏はその反響を明かした。
教育改革を阻む2つの問題
こうした新しい動きがある一方で、ICTを活用した教育改革の実現には、いまだ大きな2つの問題があると、古泉氏は指摘する。
1つは、まず企業側の問題。ICT導入に携わる企業は、導入を提案する製品が特定の分野の自社製品に偏ってしまう傾向がある。コンサルティング的なアプローチで、教育ICT製品を複合的に利用した際に必要な専門知識を保有し、目標の実現にはどの製品が最適かというニュートラルな立場で入っていかなければ、導入効果を発揮することはできないという。
もう1つが、自治体内での問題だ。自治体では、教員の指導力向上や、情報セキュリティーの管理、入札の方法や財政などを受け持つ部署が、それぞれ縦割りになっている。そのため、部署ごとの調整が発生し、導入ハードルが高くなる傾向がある。多久市のように、自治体の各部署と複数の企業がひとつのチームを組むような一丸となった体制を取ることで、本当の教育改革が可能になるはずと、古泉氏は語っている。
学校単位での成功例から自治体へ
エデュケーションICT推進室では、ニーズに応じて、学校単位でのICT運用にも深く関わっている。
その一例が、北海道札幌市の中高一貫の市立札幌開成中等教育学校だ。同社が外部コンサルタントとしてICTの運用基盤を一から作り上げた。この時も、学校側が何を欲しているかという目的を見極め、自治体や学校側の視点、先生の視点も取り入れ、学校とともにICT教育のプロフェッショナルとして支援を行ってきた。
市立札幌開成中等教育学校では公開授業なども共同開催し、文部科学省の松本課長補佐(現兵庫県尼崎市教育長)、札幌市教育委員会教育課程担当課長、学校長とパネルディスカッションをこの学校の生徒の保護者や北海道内、北海道外の教育関係者向けに行いました。
「それぞれの立場の壁を越えて、子供達が未来を前向きに楽しく生き抜く力を育成するためには、この様な学校をより多く創出したい。そのために国、自治体、教育委員会、教員、企業がそれぞれの壁を越えて目標を共有し、その実現のための相互努力をする。その結果として、それぞれの立場での目標を実現することがこれからの時代には必要だと考えています。」
最適なツールがなければ作る
一方で、同社では札幌市の子ども未来局などに導入されている英語教材「SWITCH ON! for Tablet」の共同開発なども行っている。同じくエデュケーションICT推進室の金澤光男氏に話を聞いた。
「これは、小学校での英語授業に際して、「教科」ではなく「言語」としての英語習得が必要と感じたため開発した一例です。大阪府教育庁と小学校英語教育の先駆者であるmpi松香フォニックスが開発したDVDの教材をベースに、mpi松香フォニックスと共同で、タブレット端末でも活用できるアプリを開発しました。このアプリは、「教える」のではなく子供達が楽しみながら「学ぶ」というモジュール英語学習となっており、先生がそのファシリテーターとしての役割を実施するという学習形態が特徴です。短時間で利用できるので、授業の一部や休み時間などで使えば、英語を話せない先生でも、子供達にリスニングとスピーキングのネイティブな発音を習得させることができるようになります。こうしたアプリは、導入はしたが、もっと活用をしていきたいと考えている端末にも有効なツールです。」と、金澤氏はアプリの有用性を語っている。
もっと危機感をもたなければ教育界は変わらない
現在、教育のマーケットは非常に難しい転換期にあると古泉氏は話す。その理由は教育ICTに求められる需要の変化と技術の進化に起因する。
「これまではパソコン教室、電子黒板など利用目的が明確な製品が導入されていた教育ICT業界でした。しかし現在は子供達のこれからの未知の社会で生き抜く能力を育成する、そのための教育ICTの利用という大きな需要の変化と、様々な技術の発展により、教育ICTは一定の目標の実現のための導入から、多様な目標実現のために選択する導入へと変化しました。今教育現場で求められる教育ICTとは、それぞれの自治体、学校の求める目標に対してコンサルティング的なアプローチを行い、その実現のために最新の技術を横断的に理解しながら製品選定から設計、サポートまでをワンストップで実現することが求められています。」
すでに大きな予算を投入し、機材や設備を一括購入する自治体や学校も少なくない。しかし、その一部は、活用ができないまま、眠った資産となっているのが現状だ。そうしたICT導入の失敗の原因のひとつが、運用に関する危機感のなさだという。
「自治体や学校の多くは、初期のICT機器の導入には予算をかけるのに、その後の保守サポートや運用支援、活用支援についての予算捻出が難しい現場があります。多久市では導入後の運用の重要性を理解してもらい、保守サポート費用なども含めてこの導入後の予算を組んでいただいた。だからこそ、こうしたクラウドシステムが初めて実現できたのです」と、古泉氏は語る。
ICT教育の本質に立ち返る「学び方改革」とは
多久市の「児童生徒の学び方と教職員の働き方改革プロジェクト」では、同じくエデュケーションICT推進室の石黒広信氏がプロジェクトマネージャーを務めた。
石黒氏は、「今後、少子高齢社会を迎える日本において、IT技術は経済的事情の連鎖を断ち切り、グローバル社会で生き抜くための必須能力」と話す。家庭の経済的事情などでIT技術に触れられない子どもたちがおり、その解決として、公教育で一人一台の情報端末整備を実現したいという思いを抱いている。
多久市のプロジェクトにおいては、技術者の知見をもとに、統括マネージャーとして技術ソリューションの設計から運用までを担ってきた。その結果、多久市が本当に目指していた「働き方改革」と「アクティブラーニング」の為に、文部科学省のガイドラインを踏襲したパブリッククラウドの『Microsoft Azure』を使いソリューションとして完成したのだ。
今後も、「個人とビジネス両方の観点から、クラウド技術などを活用して調達コストを適正化し、現在の教育ICT業界の構造を変え、活用が進むようにサービス化をしていきたい」と、石黒氏は話している。
今回のプロジェクトでは、キーワードとして『働き方改革』や『クラウド』に注目が集まったが、大切なのは、子供たちの力を変えるために、ICTをどのように使うかということに真剣に取り組み、自治体や学校と一緒に考えながら実装していくということだ。
多久市で実現された事例は、クラウド活用の有用性に気付くだけではなく、「学び方改革」という言葉が持つ、ICT教育本来の意味を改めて考えるきっかけとなることに期待したい。
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