2018年3月5日
1人1台タブレットPCがやってきた八丈島の小学校で起きたこと/東京都
羽田空港から飛行機で約1時間。距離にすると東京から287キロメートルの南方洋上に八丈島はある。東京から・・・といっても、住所は東京都八丈町である。東山(三原山)と西山(八丈富士)、2つの火山が接合した緩斜面に八丈島空港がある。
東京から1日3便が往復しているが、「週に1,2便は飛ばないことがある」と地元の人が言うとおり、数年前取材で訪れた記者は、全便欠航して1泊追加した経験がある。2月20日、この日も東京に雪を降らせる「南岸低気圧」が八丈島を通過するという予報だったが、見事な快晴。無事八丈島に降り立つことが出来た。
空港から車で数分の八丈町立三根小学校に到着、体育館に入ると、ちょうど公開授業がはじまるところだった。この日の授業は、角田智弘教諭による3年生の社会。小単元名は「古い道具と昔のくらし」。児童の机には1人1台のタブレットPCだけが置かれ、本時のめあて「昔のくらしはどのような様子だったでしょうか」が映し出されていた。
角田教諭が実施する3年生の社会では、身近な地域を題材に学習を進めており、社会科に対して前向きに取り組むことが出来ているという。昨年10月からタブレットPCを利用した学習を積極的に取り組み、家庭学習にも調べ学習を取り入れた。すこしずつではあるが、自分なりの考えを持ち、主体的に調べることが出来るようになってきた。
三根小学校にタブレットPCがやってきたのは、東京都教育庁の取り組み「公立小中学校ICT教育環境整備支援事業」の一環である。当事業は2015年度から2017年度までの3年間に54校で、タブレットPCを活用した様々な授業を実施する取り組みだ。
根小学校では、授業での活用に加え、「持ち帰りタブレット」による家庭学習にも取り組んできた。指導する角田教諭は、「個人的にもタブレットは使ったことも無く、まったく初めての体験でした。ここ数カ月でタブレットスキルは、0から100になった気分です。子どもたちも、ほとんど初めてです。理科と社会ではとにかく使えるだけ使おうと考え、“持ち帰り”も週に1回程度は使えるように配慮しました」と、タブレット初体験を熱く語る。
本時の授業で資料用に提示された古い道具の写真の3分の1程度は、子どもたちが“持ち帰りタブレット”の家庭学習で撮影してきたもの。角田教諭が驚いたのは、子どもたちの撮ってきた写真の中に3名も「機織り機」があったことだという。八丈島では代々島民という家族が多く、古い歴史が民家に保存されているのも珍しくない。かつて島の名産であった黄八丈の「機織り機」は、子どもたちが祖父母の家を訪ねて撮影してきたもだという。タブレットで簡単に写真撮影出来るということで、調べ学習も自分で考えて積極的に行動できるようになったという。
授業は、はじめに個別学習として「写真を見て、何に使っていたかわかることを書こう」。そろばんやかまど、黒電話、わら草履、アイロン、ランプ、着物などにそれぞれが注釈を付けていく。タブレットPCの使用経験が半年近くなる子どもたちは、タッチペンの使い方もアプリの操作も慣れた手つきで使いこなしている。同時に使い始めた角田教諭も追いつけない速さだという。
個別学習の後は、机を島型に並び替えて一人ひとりが発表。それについてグループで話し合う協働学習を行い、他の児童の発表から自ら気づいたことを書き加えていく。ふだんの授業では、こうした協働学習になると、教室内が騒然となるくらい活発な発言や話し合いが行われるということだが、参観者数十人から見つめられながらの公開授業ということもあり、緊張感の漂うグループ学習となった。緊張しているのは、児童ばかりでなく角田教諭も同様のようで、子どもたちから「先生、汗だくだよ。どうしたの」と声を掛けられていた。
写真をみて分かったことを発表して全体共有した後は、「昔のくらしと今の暮らしの違い」についてまたグループで話合う。
その結果、「今の方が何でも楽に出来る」、「ボタンひとつでできる」、「昔は貧乏だった」、「電気が無くて、火をたくさん使っていた」、「手を使っていろいろやっていた」などの意見が積み上げられ、「昔の暮らしは大変だった」という共通の理解に到達したように感じられた。
また、前時の授業での「洗濯板でぞうきん洗い」体験については、「疲れた」「大変だった」「意外にきれいになった」と言う意見の他、「楽しかった」という意見も出され、子どもたちの感じ方の多様性が覗えた。
子どもたちから古い道具について、「使ってみたい」、「もっと知りたい」という声が上がると、今回使用した写真の多くが八丈町民俗資料館にある道具であることが紹介され、次回の授業はそこの見学であることが発表された。もちろん児童たちはタブレットPCを持参し、写真を撮影してレポートなどを作成する予定になっている。
授業後、角田教諭にタブレットPC導入後の効果について聞くと、「授業がぶれないですね。理科などでは“問題”“予想”“実験の方法”“分かったこと” などをワークシートにまとめながら、授業の流れを私と児童が共有して確認できるので、ぶれずに進められます。また、1人1台で持ち帰り授業などに使った場合、写真の撮り方など一人ひとりの個性が表れます。撮影するものや撮り方もそうですが、文字だと表れにくいその子の“やる気”とか“意欲”みたいなものが写真を通して感じられたりします。児童との会話のきっかけに使ったり、授業中の指名の材料にしたりしています」と、ICT活用による授業の変化を語った。
また、タブレットPC導入で苦労している点については「紙を使った授業では考えられないトラブルが起きますね。起動しないとか、画面が固まるとか、通信できないとか、こういうトラブルが減少しないと多くの先生方は使いづらいと感じるかもしれませんね」と、機材やアプリ、ICT環境の適切な整備が重要だと強調した。
公開授業後のセミナーで挨拶した三根小学校の鈴木 勲校長は、「パソコン教室での授業というのはありますが、タブレットを使った授業は今回の東京都の支援事業ではじめて体験していることです。子どもたちも大変興味を持って授業に取り組んでいますので、今度もICTの活用を進めて行きたいと考えています」と、ICT活用への意欲を述べた。
また、日本教育情報化振興会の赤堀侃司会長は「公立小中学校ICT教育環境整備支援事業」について、「ICT活用についてはいろいろな議論が行われているが、結局実際にやってみなければ分からないと言うことが多い。ICTで解決できる課題は沢山あるが、タブレットを使えばなんでも解決できるというわけではない。使い方が大切で、それを研究するのが実践ということ。その実践を“タブレット活用授業”という形で共有して広めるのが本事業の意味するところです。道具があるだけでは価値はありません。使い方に価値があるのです」と、当事業の意味合いを総括した。
東京都教育庁が取り組む「公立小中学校ICT教育環境整備支援事業」は、2018年度も都内各所で開催され宇予定だという。
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