2015年4月14日
「建学の精神」が支えるICT活用教育で学力向上/佐野日大
日本大学の準付属校として、栃木県やその近郊から1800名の生徒が通う佐野日本大学中等教育学校・高等学校。教育現場のICT化を積極的に推進している学校として名高い。ICT教育をなぜ導入するのか、またどの様に使っているのか。両校の教育情報化を推し進めているICT教育推進室長の安藤 昇先生に話を伺った。
佐野日本大の情報化推進状況~今教員間で起きていること
「何よりも驚いているのは、授業スキルのある年配の先生がICT機器に飛びつき、独創的な使い方をしているということなんです」
学校ICT化の進展状況について伺うと、開口一番、安藤先生からこのような答えが返ってきた。ICT機器といえば、やはりデジタルネイティブと言われる若い世代が親しみをもつ分野であり、50代以降の教員にとっては多かれ少なかれ抵抗感があるものというのが一般的な理解だ。しかし、両校では予想外の動きが起きていると安藤先生は強調する。
一例を挙げれば、学界でも高名な60代の数学の教員が、これまで40年間にわたり蓄積した自分が著作権を持つ資料をクラウドに上げ、生徒がいつでも閲覧できる様にしているという。また、ある英語の教員は自らリスニング問題を録音し、動画教材を作って生徒が学べるようにしている。年配の教員が始めた試みが教員間に良い影響を与えていると安藤先生は語る。「他の先生がそれを見て参考にするんですね。良い方法であれば真似るといった動きが活発になり、授業をお互いに見学し合うといった方向へも広がりを見せているようです」
現実的なタブレット活用法は「授業外の時間」で
こうした先進的な取り組みができる理由をひも解いていくと、同学園の建学の精神に行き着くのだという。
佐野日本大学学園は、佐野日本大学中等教育学校と佐野日本大学高等学校を運営する学校法人。両校とも日本大学の準付属校であり、栃木県佐野市石塚町に所在する。高校の生徒数は1272名、中等教育学校の生徒数は603名。教職員は211名を数える。建学の精神は「自主創造」であり、教職員は主体的と創造性を持った人間を育成することを目指している。
「ICT環境推進についての最近の事例は、授業スキルが高く、創造性をもった教員の中から自然発生的に起きている」、と安藤先生。ICT機器導入の目的を尋ねるとこのような答えが返ってきた。「インフラ構築の際のコンセプトは、“誰にでも使える多様性を重視した環境を目指す”というもの。また、タブレットも授業外での活用に力を注いでいます。今の教育環境を考えると、まだ一斉授業型が主流であり、一方的・教授型の授業がほとんどです。実際のところ、先生・生徒のどちらもカリキュラムを消化するのに精いっぱいで時間的に余裕がない。そんな環境にタブレットを持ち込み、協働学習をしようとしても難しいのではないでしょうか。それならば、“ICTを活用し協働学習をするための時間を生み出す”ことを考えたほうが良い。教室以外の場所で動画を使い予習・復習させたり、解答用紙を授業中に配るような無駄はせずデータでシェアするといったように、ICT機器を時間の有効活用を支援する道具として利用する。タブレットは授業の本題に入る前の動画閲覧や小テストに活用するなど効果的な使用にとどめ、授業時間を無駄なく使うことを当初の目標としてきました」
特に中等教育学校では、50分の授業時間を1秒たりとも無駄にしない“チャイムtoチャイム”を徹底しており、そうしたことも授業以外でのタブレット活用につながっているのだという。
授業時間を無駄にしないことへのこだわりは、徹底されている。生徒への朝の連絡事項などはタブレットや教室に設置されたモニターに表示して伝える。教員がタブレットを使い表示の操作などができるように216台のアクセスポイントを設置し、タブレット画面を教室のテレビに転送するwivia3も120台導入、校内どこからでも教室のテレビにタブレットの画面を映し出すことが可能だ。廊下を歩きながら、授業する教室のモニターへ画像を表示させることもできるため、教壇に立ってからタブレットとモニターを有線でつなぐといった手間も不要だ。そうしたわずかな時間を削ることで、これまで以上に生徒とのコミュニケーションへ傾注できるようになった。
「デジタルキャンパス」が創出する新たな情報活用
中等教育学校・高等学校の情報化に関する全体構成を改めて確認しておくと、このようなものになる。
生徒のタブレット環境としては、2015年4月、高校1~3年の全生徒と中等教育学校4年~6年生の約1500名を対象に1人1台環境が整備済み(Dell Venue 8)で、教職員211名にも配布(Dell Venue 11)が完了する。また、中等教育学校の1~3年生は教室設置型のAndroidタブレットを活用している。両校の各教室には、40インチまたは50インチのモニターを1台設置。無線LAN環境もローミングと冗長性をしっかりと考え構築しているため、タブレットとの連携も完璧だ。
こうした様々なICT機器と人を結びコンテンツ活用の基盤となっているのが文部科学省の管轄している国立情報学研究所が開発したNetcommons2をベースとして佐野日大独自にカスタマイズされた「デジタルキャンパス(デジキャン)」だ。デジキャンは、両校の生徒・教員や保護者のみが利用することのできる学校情報システムのプッラットフォーム。学校とクラスの区分があり、生徒は“MY CLASS”での閲覧・書込のみに利用が制限されている。
また、教材などはGoogle DriveやMicrosoft OneDriveといったストレージサービスを経由して個々のタブレットにデータが同期されている。
例えば教員が宿題を出す際、いちいちクラスの生徒全員にメール配信したり、学級掲示板に提示したりはしていない。課題を所定のフォルダ(クラウドに同期されているフォルダ)に入れるだけで、生徒が学校で無線LANに接続している間に、生徒のタブレットに宿題・課題が自動同期されるようになっている。「宿題をダウンロードしてから帰りなさいって言っても、たぶん生徒はそれをしない。宿題・課題というのはものすごく興味の沸くものでもないのだから、ダウンロードを忘れてしまう。当然ですよね。だから何もしなくてもタブレットに宿題が同期される様にしたのです。生徒にとっては宿題を受け取っていないと言い逃れの出来ない恐ろしいシステムです(笑)」。この方法も、ある教員のアイデアを取り入れたものだ。
情報をシェアする重要性
デジキャンでは、教材の共有以外にも様々な目的で情報がやり取りされている。行事写真・動画などの共有はその最たるものだ。
この点についても明確な意図があったと安藤先生は語る。「3年ほど前から、メールでのファイル送付を止めてシェアする様に先生方にも慣れてもらいました。例えば体育祭の写真などは、以前はメールで送る先生がほとんどだった。シェアすることによって生徒にいっぺんに何十枚も行き渡る便利さに気付いてほしかったんです。いまは9割の先生が共有フォルダに入れてシェアするようになっています」
特にデータ量のある動画など添付するのに不向きな素材もある。進んでシェアをしない先生方には“シェアする喜びを味わう工夫”をすることで理解を促しているという。「1家族1IDが与えられているので、生徒の保護者はデジキャンから動画を閲覧することができます。そこで、クラスマッチや卒業式・入学式の模様など、保護者が欲している映像をこちらでクラウド上に載せ、クラウドといっても閉じたクラウド、要するにドメイン内公開なのですが、まずは自分がリンクURLを先生方に送るんです。その時一緒にデジキャンのアップ方法の解説動画も案内する。するとそれを見た先生は、保護者に向けてアップしてくれるようになり、それを見た保護者から感謝の声が寄せられるようになる。先生方も自分の手柄のように思え、動画を共有することに喜びを感じ始めるんですね」
Web認証によるセキュリティ・フィルター管理
こうした大規模かつファイル数も膨大な環境下で、セキュリティの面ではどのような配慮がなされているのだろうか。
「フィルターは“限りなく緩く”しています。もちろんウイルスバスタークラウドと有害サイトフィルタリングソフトi-Filterを使用し、暴力とアダルトの情報はしっかりと規制できる環境を整えています。タブレット側にフィルター規制せず、ネットに規制するスタイル、つまりWLC(ワイヤレス LAN コントローラ)・DHCPサーバ・RADIUSサーバを組合せ、Web認証をさせ生徒の接続状況を管理するといった方法をとっています。だから、タブレット自身に使用を認めないアプリやSNSも特に無し、MDMも利用していません。」
このような構成を採ったのは、将来の拡張を想定した点にあると安藤先生は語る。「今はWindowsタブレットのみの環境ですが、将来的にはBYODを実現したい。ジェイルブレイク(ユーザ権限の制限を破ること)やroot権限を奪取しても、セキュリティがかかるWeb認証を採用したのは、そのためなのです。生徒に多様性を求めているのに、タブレットの種類の多様性を認めないのはどうなのかなと思っています」
ICT活用教育の成果は「学力の向上」
様々な教材のなかでも、動画は重要なコンテンツのひとつ。その動画の扱いについて、両校ではここにきて方針を転換しつつある。「動画を作るのはなかなか難しく、それができる先生も少ないんです」。また見る側も、身近な先生のものか、クオリティの非常に高い著名な講師の動画のどちらかしか見ないという傾向が顕著になってきているという。「動画コンテンツに関しては先生に無理を強いるよりも、教育専門企業や学習塾が提供するものを活用すれば良いと考えています。すでに今、大手予備校の500以上のコンテンツを購入し、校内でならばIDとパスだけで生徒が受講出来るようにしています」
ICT環境整備を押し進めた結果として生徒の学力向上等の効果があったかどうかを伺うと、これもまた明快な答えが返ってきた。「先に述べた様に、生徒たちの学習時間を延ばすことを何よりも優先してきました。学力を身に付けるためには日々努力するしかない。どれだけ努力したか、つまり生徒たちがどれだけの時間を学習に費やしたかという点で言うならば、授業時間を無駄なく使えるようにし、授業外の時間を学習に割ける環境を提供したことが、学力向上という形で実際に現れてきています。特に中等教育学校は徹底したチャイムtoチャイムと合わせて学習する時間をしっかりと確保できたことが、学力向上に繋がったのだと思います。また、授業時間に余裕が出来ればアクティブラーニング取り入れる機会も増え、日本大学の建学の精神である「自主創造」、つまり主体性と創造性のある人間の育成ができると考えています」
このように素晴らしい成果を上げながら、安藤先生は自身のことを淡々と語る。「自分の授業スキルがそれほど高いとは思っていないんですよ、面白いとは良く言われるのですけれども(笑)。実際、進学塾の先生が行う授業はレベルが高いと感心することがあります。でも、人より劣っていると考えるから他人に任せられることもあるんです。1人のスーパーティーチャーが頑張る学校よりも、ICTを授業に活用する先生がどんどん出てくる環境を目指したい。『安藤先生、何にもやっていないじゃない』なんて思われるくらいがいいですね。縁の下の力持ちでありたい、そんなふうに考えています。ICTがさり気なく教育現場を助ける。それが理想です」
佐野日大という大規模な学校の情報化推進の屋台骨を、“縁の下の力持ち”として一手に引き受けてきた安藤先生。その知識と経験に裏打ちされた知的“筋力”を誰かが同じ様に身につけることは、なかなかどうして容易ではないはず。
安藤先生を中心とした「佐野日大のICT化」は、まだまだ進化と深化を続けて行きそうだ。
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