2015年7月28日
「教師が授業を奏でるように」指揮者が作った協働学習アプリ/スクールタクト
EdTech最前線
「教師が授業を奏でるように」指揮者が作った協働学習アプリ/スクールタクト
彼とはじめて出会ったのは、1年前の7月23日。東京都多摩市立愛和小学校の玄関先だった。帰る彼を見送りに来た松田孝校長が、「ちょうどいいところに来た。紹介しておきますよ。いま、協働学習アプリを作っている人なんだけど、面白いですよ。このアプリ。たぶん、秋頃には使ってみることになると思うけど」と紹介してくれた。
名刺交換をする。「まだ、会社がないもので、名刺もないんですよ」。そう言って彼が渡してくれた名刺には、「後藤正樹 琉球フィルハーモニック チェンバーオーケストラ“イオ” 副指揮者」とあった。
「現役の指揮者なんですか。アプリの開発は?」
「指揮者もやっていますし、アプリの開発もやっているんです」
あれから1年。数ヶ月ぶりに会った後藤さんから新しい名刺をもらった。「後藤正樹 株式会社コードタクト代表取締役/Conductor」。相変わらず、二足のわらじだ。協働学習アプリを作った指揮者と、指揮者が作ったアプリ「スクールタクト」について、話をしよう。
指揮者の夢を追いかけて
後藤さんが指揮と出合ったのは、高校1年の部活で音楽部に入ったとき。部員に指揮者がおらず、後藤さんが務めることになった。桐朋音大の高階正光先生の指導を受けて指揮するうちに楽しさを感じ、指揮者をやってみたいと思い始めたが、プロになるのは無理だろうと諦めた。
神奈川県立厚木高校卒業後は東京理科大学で、物理を学んでいた。しかし、3年が経過した頃、やはり指揮者になりたいという夢が再燃、1年間の準備の後、洗足学園音楽大学の別科に合格。同時に堅実な道である、東京大学の大学院にも合格し、物理と指揮を同時に学ぶ日々が始まった。
2つの大学に通うためには、お金が必要だ。そこで、大手予備校で物理を教えるアルバイトを始めた。100人もの受講生を前に授業をするのは、指揮者として人前に立つ時の役にも立つだろうと思ったからだ。講師を2年以上やってみて気付いたこと、「どうして授業はこんなに一方的なんだろう。先生はしゃべっているだけ、生徒は下を向いて書いているだけ。面白くない」。何かテクノロジーを利用してインタラクティブな授業ができれば楽しいのになあ、と後藤さんは思った。今で言う「EdTech」の芽生えだ。
「未踏IT人材発掘・育成事業」受賞で即起業?
大学院も音大別科も無事に卒業した。しかし、プロ指揮者を目指す踏ん切りが付かず、グループウェアを作るIT企業に就職。やったことのないプログラミングを学んで、プログラマーになった。開発するグループウェアの肝は、「情報共有」。この考え方は、教育でも使えるかもしれない。
そうだ、「教育×プログラミング」で新しいことをやろう。28歳で友人と共に起業。「学校内予備校」のようなビジネスは好評で、教育現場とのコネクションはできていったが、ICTの活用までは至らなかった。
そんな時出合ったのが、IPA(情報処理推進機構)の実施している「未踏IT人材発掘・育成事業」の公募。提案した「デジタル教科書用後付LMS(*1)」が見事、2011年の採択プロジェクトに選ばれ、スーパークリエータを受賞。予備校で感じた教育の課題を、ICT技術を使って解決する。生徒が各々タブレット端末を使い、先生がその情報を集約して共有するLMSだ。さあ、これでいよいよ起業できるぞ。そう、思った。
しかし、そうは容易く行かなかった。時は2012年、まだ教室にタブレット端末が普及していない。早すぎたのだ。後藤さんは、オンライン英語スクールを運営するIT企業のCTO(*2)を務めながら、雌伏して時の来るのを待った。
*1:LMS(Learning Management System:学習管理システム)
*2:CTO(Chief Technology Officer:最高技術責任者)
「伯楽の一顧」で拓かれたEdTechの道
2012年。IT技術を使って教育に新しい風を起こす「起業」は上手くいかなかったが、指揮の師匠である藤野栄介氏の勧めで指揮者の風が吹いてきた。IT業界で起業家になるのは難しいことだが、指揮者になるのも並大抵のことではない。日本にあるプロのオーケストラは30数団体程度で、指揮者の数は決まっている。小澤征爾さんのように真っ直ぐ「指揮科卒」の人もいれば、佐渡裕さんのように「フルート科卒」で指揮者になる人もいる。競争は激しい。技術や運、人脈だけでなく「伯楽の一顧」が必要になる。
IT企業のCTOと平行して、プロオーケストラである琉球フィルハーモニック チェンバーオーケストラ“イオ”で指揮の仕事を始めることになる。指揮の仕事は沖縄だけでなく、東京でも、そしてロシアに出かけていくまでになった。
2年が経過した、2014年。タブレットが教育現場に導入され始めた。「機は熟したかもしれない」。そう思った後藤さんはIT企業のCTOを辞職。3年前の「未踏プロジェクト」のプロトタイプ「デジタル教科書用後付LMS」の一部機能を使って、授業支援アプリを作り「Real-time LMS」という名称を付けて、Webで公開してみた。そして、Facebookに「授業支援アプリのWebサイト作りましたよ~」と書き込んでみた。
その情報を、どこでどのように見つけ出したのか。ある人から「話を聞かせて欲しい。一度会いませんか」と連絡があった。まったく面識の無い、愛和小学校の松田校長だった。
「伯楽の一顧」。2014年7月23日、後藤さんのEdTechへの道は拓かれた。
滑らかに授業を奏でるように
2014年9月19日、愛和小学校で行われた、パナソニック教育財団 実践研究助成第40回特別研究指定校の研究課題「タブレットPCの日常化が拓く新たな教育Styleの創造」の研究授業の教室に、後藤さんがいた。
顔は無精髭で覆われ、顔色は悪く、徹夜明けなのは明らか。「プログラムの修正に手間取って、さっきまで掛かっちゃいました」。疲れは隠せないが明るい表情で、授業が始まるのを静かに待っていた。
授業では、児童1人1台のタブレットでReal-time LMSを使ってコメントを記入したり、グループで共有して意見を出し合ったり、教師が児童の書き込みから選んで紹介したり。普段の教室では見られないやり方で、授業が進められた。
授業後の研究協議会では、Real-time LMSを使った「声に出さないで意見交換しあう協働学習」のやり方に、批判的な意見が多数出た。使い勝手の改善や機能の追加を望む声もたくさんあった。
その後も11月まで、研究授業を目指してReal-time LMSは磨かれ、授業での使われ方も一定の評価を得られると共に、より高度な要求も出て来るようになった。しかし後藤さんは、要求される機能の追加や修正に応えることを目指すのではなく、アプリが使われる教室の風景を思い浮かべながら進化させようと決めていた。
授業支援アプリを使った教室では、新しい授業のやり方を考え、実践するのではなく、このアプリを使うことで今までの授業の進め方がより便利に、より効率よくなって気がついたら新しいやり方になっていた、という状況。
11月11日、3回目の研究授業。算数で三角形をグループ分けする学習では、個別学習とグループ学習、デジタル(タブレット)とアナログ(板書)を教師が見事に使い分けて授業が進められ、授業の仕方もアプリの機能も急速に進化していた。
確認テストをやってみないと理解できたかどうか分からない、課題ができているか席まで見に行ってみると隠して見せない、発言を求めても発表しない、という現状を、授業中に教師がリアルタイムで児童の状況を“丸見え”できるように変える、それが「Real-time LMS」。
教師が思い描いた授業設計のパーツが、滑らかに繋がって授業が進められていく。そう、教師が指揮者のように授業を奏でていく。そんな授業に役立つアプリを提供したいのだ。
2014年12月、後藤さんのアプリは、総務省の進める「先導的教育システム実証事業」の採用アプリ候補に選定された。担当のエージェントにこのアプリを推薦してくれたのも、松田校長だった。
2015年1月、後藤さんは「株式会社コードタクト」を設立。機能そのままだった名称を、コンセプトに従って「スクールタクト(School Takt)」に改名した。社名にもサービス名にも「タクト」が使われているのは、もちろん指揮者の使うタクトから。
同月、「先導的教育システム実証事業」のコンテンツプロバイダーとして「スクールタクト」が正式に採択。また、6月には総務省の同プロジェクトのマネージャーにも選ばれた。導入校も増えて、本格的な展開は目前だ。
教育への思い、伯楽との出会い、EdTechのステージで本格的にタクトを振る後藤さんの姿は、きっともうすぐ見られることだろう。
*今回の記事では「スクールタクト」の紹介に辿り着くことができませんでした。近々、後藤さん本人に紹介して頂く予定です。
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