2019年2月7日
LTE対応タブレット端末2万3460台でICT教育改革へ 熊本市プロジェクトで目指すもの
【PR】
熊本市は2018年9月、市内の全公立小中学校134校の教育ICT環境を政令指定都市トップレベルへと押し上げるために、多くの携帯電話が採用しているLTE通信のタブレット端末を3年間で2万3460台を導入する大規模な教育ICTプロジェクトを始動させた。この大きなプロジェクトが動き出したのは、教育長の進言を受けた大西 一史 熊本市長の即断即決、いわゆるトップダウンによるものだという。自治体の教育ICT施策が大きく動くのはトップダウン型が多い。しかしその結果の成否を握るのは、実際に施策を実践する現場の力である。
「公立小中学校の教育ICTの導入レベルが日本の政令指定都市20市中19番目という非常に低い水準にある熊本市を、トップレベルに押し上げる」と宣言している市長の想いの実現に向けて、産学官連携の現場ではどのように受け止めているのか。教師のための研修会などを支える熊本市教育センターの山本英史指導主事とカリキュラム開発を推進する熊本大学大学院教育学研究科の前田康裕准教授に話を訊いた。
想定より2歩も3歩も先だった大プロジェクト
教育センターの山本先生が小学校の教師をしていた17~18年前。学校の職務分掌に「情報教育担当」が新設され、その担当になった。それから学校には持ち運びができるプロジェクターが配備され、1校1台の電子黒板、大型テレビは3クラスに1台設置され、フロアを移動して使っていた。2020年からの新しい学習指導要領では、21世紀に相応しい学習環境を実現するために学校のICT環境が示され、山本先生も整備が進んで欲しいと期待していた。
そのレベルとしては、各教室1台の電子黒板か大型テレビと実物投影装置、教師用のPCが1台というこれまでの流れの延長線だった。それに可能なら、文部科学省の活用事例でも沢山登場し、モデル校で使って評判の良かったタブレット端末が何台かでも配備されて欲しいと願っていた。
今回のプロジェクトを知って山本先生が最初に感じたのは、「ずっと待っていたけれどこれほど一気にとは」だった。想定していたより2歩も3歩も先の大プロジェクトだった。そして実現に向けて気がかりだったのは「予算面」だ。2016年の熊本地震から約2年。学校の被害も大きい。全壊した学校もあるし、体育館だけ、学級棟だけという所もあるが、まだまだ復興途中なのだ。
今回のプロジェクトの予算措置について大西市長はインタビューで「財政のことだけを考えれば、段階的に少しずつ、教育ICT環境の整備を進めるのがいいのかもしれません。ただ、新たな環境作りに必要なデバイスやネットワークの導入は一斉に行わなければ意味がないというのが私の考えです。(中略)自治体での教育環境の整備は、整備対象の数(学校数)が多く、投資がかさむことから、とかく後回しにされがちです。ただ、子どもたちにとって必要だと判断したことは即座に実行に移すべきでしょう」と述べている。
市長を中心とした自治体全体の頑張りで、教師全員(小中学校で約3800人)に1人1台、児童生徒は3クラスに1クラス程度のタブレット端末、すべての普通教室に電子黒板と実物投影装置というICT環境を整えられる事になった。これを3年足らずの間に実施出来るのは、全市を挙げての理解、協力があったからこそのことだ。
ICT導入研修で最も大切なのは「授業改善」の視点を持つこと
こうした巨大プロジェクトの成否を握る要素は「予算」のほかにもう一つ「教師のスキルアップ研修」が挙げられる。その点について山本先生は「心配していない」と明言する。熊本市ではこれまで、充分なICT環境を整備することは出来なかったが、ICTを活用した教育で最も重要な「授業改善」の視点を持った研修に取り組んできているからだ。
その上で、教育ICTを推進する上で重要なポイントして、「操作が簡単で汎用性の高いICT機器を選ぶこと」、「教師のICT活用と児童生徒のICT活用をバランス良く推進すること(教える道具から学びの道具へ)」、「常に授業改善の視点を持って研修を進めること」、「教師のICT活用の実態把握とニーズを考慮した研修内容の設定を行うこと」、「教師が楽しさや便利さを実感できる体験型の研修内容を創造すること」を示した。
特に「授業改善」に必要な「教師の意識改革」においては、まずICT活用授業が「楽しく」「面白く」「役に立つ」ことを教師自身が学習者になって体験してもらうのが重要だという。それが、タブレット端末を使ってワクワクしたこと、楽しい事が体験できる授業を実施する第1歩になるという。
教育センターでは、校内研修を中心としたOJT研修、教育センターで行われる全員必修研修や経年研修のOff-JT研修、教育センターや各ブロックで希望者に行うSD研修の3つの研修を提供。ICT整備に関わる機器の操作研修やプログラミング教育に関する内容を学べるようになっている。
また、教育センターには教室と全く同じ設備を設置した研修教室があり、自校の教室で教えているのと同様の環境でICT活用授業を体験することが出来る。
昨年9月から先行導入校での運用が始まり、予想を上回るタブレット端末の使用状況だという。山本先生によると教師たちは、児童生徒のタブレット端末利用については「使い方を細かく指導しなくても、どんどん活用している」、「複数の機器を組み合わせて使っている」と評価する一方、自らの利用については「使い方に自信がない」、「トラブルが起きることが心配」、「時間が無く充分に使えない」と話すなど課題もあるという。
LTE対応のタブレット端末であることの意味
授業でICTを活用する上で教師が不安になることの多くは、「機器の操作」と「通信環境」である。機器の使い方が分からない、機能の使い方が分からない、ソフトやアプリの使い方が分からない、通信が切れたらどうしてよいかわからないといったものだ。
今回熊本市が導入を決めたLTE対応のタブレット端末について山本先生の評価は高い。最初にLTE回線対応のタブレット端末だと聞いたとき山本先生は「教育ICTの利点として挙げられる“アクティブな学び。アダプティブな学び。アシスティブな学び”がより深まると同時に、学校から飛び出して、学びが一気にひろがる可能性を感じた」という。
そして「タブレット端末の良さは、操作性の良さです。とにかく使い易い。写真や動画などを簡単に撮影して映し出して、編集や加工も簡単に出来て、授業づくりの可能性が広がります。そしてLTEということで常に繋がっています。教室だけでなく校外でも使えます」とメリットを語ってくれた。
また、LTEにしたことで全校、全教室にWi-Fi設備を構築するのに比べ費用負担の面でも軽減することが出来たという。「熊本市のICT環境整備が遅れて、Wi-Fi設備を中途半端に導入していなかったのが、LTE導入に踏み切るのにかえって良かったのかもしれません。また、自治体の基幹ネットワークとは切り離していますので、教育現場に見合った利用とセキュリティ管理を可能にしています。」と付け加えた。
カリキュラム開発という大学の役割
熊本大学の前田先生は、1999年の夏休みに米国カリフォルニアで1週間、ICTを使ったプロジェクト型の協働学習を体験した。そして、考え方がガラッと変わったという。それまでの授業は、教師の発問と指示を中心とした学習だった。基本は教師側に答えがあって子どもたちに考えさせるというもの。プロジェクト型の協働学習では、教師の想定、想像以上のことを子どもたちがやるのだという。前田先生は、その体験から20年近く、附属小学校などでの検証授業を通じて「学習者視点」の学びのあり方を研究してきた。
ICT活用のメリットとして前田先生は、教科書とノートを超える学びが可能だと語る。「教科書に書いてあることを頭に入れて、ノートに残す。テストも教科書に書いてあることから。しかし、これだけ社会が変革してくると、そういう学習のやり方ではついて行けない。自分で情報を取りに行って、自分で考えて、他者の考えと付き合わせて課題を解決する。
そういう学びを実践しようとすると、自然とICTが必要になってくるし、学習技能も高まる。ネットワークを利用して教室外からも情報を獲得しながら、子どもたちの学びが先生の知識を超えていく。それが出来るようファシリテートしていく学習活動が望ましい。」と、時代の要求にあった学習のあり方を構築するのにICTは欠かせないと語る。
そのためには、教師自身がICTを使って問題解決を行う「学習者としての経験」が大切だという。「例えば、研究授業後の授業研究会で、一部の教師だけが発言して他の教師は黙っているといった問題があります。そこで、教師が1人1台のタブレット端末を使えば、その授業の良いと思うところを写真に撮りコメントを記入して共有することもできるでしょう。また、授業の長所を赤いカードに、課題を青いカードに記入して電子黒板上で共有すると、授業に対する全員の考えが一目で分かります。
さらに、小グループで意見を出し合いながら、授業の問題点を発見し、その解決策をプレゼンしていくと、協働して問題発見・解決する力も高まりますし、情報を伝達する力も高まります。教師が、そういう使い方をしていくと、自分でも学習のプロセスが分かってくるはずです。」と、教師も学習者であることを意識することでICTを活用した授業が作り出せると強調する。
現在、前田先生は、教育センターや現場の教師、専門家などとICTを活用した「モデルカリキュラム作成プロジェクト」を推進している。今年度内には、1年生から6年生まで全学年のカリキュラムを作成し、先行導入校全校で実施する予定だ。
今後のカリキュラム開発について前田先生は、「タブレット端末+LTEを利用することで可能性が大きく広がります。タブレット端末は従来のPCとは違い、単なる入出力装置ではありません。入出力しやすいし、予備知識なしでも検索ができる、写真や動画の撮影が簡単に出来る、絵が描ける、持ち運べる、フリーズしない、扱いやすい、とメリットが沢山あります。LTEは、ルータ無しでつながるのですごくいい。学校外で使えるので校外活動、街の紹介、修学旅行など、いつでもどこでも使える。家庭でも使える。先生たちのアイデア次第で様々な活用方法が出来ます」と、社会や理科でも定番のカリキュラム開発を進めたいと語った。
今回の熊本市のプロジェクトに対して、通信環境や通信端末を提供するNTTドコモは、「熊本市の教育ICTプロジェクトは、教育の高度化を実現するための取組みであると同時に、これからの日本を支える“人創り”の取組みであるといえます。その点でも、ドコモにとって大切なプロジェクトなのです」と位置づけて取り組んでいる。
日本でも珍しい大都市の教育ICT化プロジェクトは産学官の連携で進められている。この取組みの成果が多くの自治体や教育現場に共有され、日本のICT教育環境整備の進展に寄与することを望みたい。
関連URL
最新ニュース
- 20代の「仕事と学歴」に対する意識調査 =Personal調べ=(2024年11月21日)
- 共働き家庭の子どもの教育、「母親主導」51.4%、「夫婦共同」33.5%、「父親主導」13.9%=明光義塾調べ=(2024年11月21日)
- マイナビ、高校生向け探究学習サイト「Locus」を全国の高校へ4月から無償提供(2024年11月21日)
- チエル、全日本教育工学研究協議会全国大会(JAET)東京都港区大会に出展(2024年11月21日)
- 明治学院大学、生成AIで個人の「顔表情からの感情推定」を可能に 学生グループが受賞(2024年11月21日)
- 高度人材育成機構、「DX認定企業調査報告書 2024年版」公開(2024年11月21日)
- ISEN、「令和5年度学校・教育機関における個人情報漏えい事故の発生状況」調査報告書を公表(2024年11月21日)
- プログラミング教育「HALLO」、年長~中学生対象の「冬期講習会」を開催(2024年11月21日)
- CKCネットワーク、「出席扱い制度オンライン説明会」12月に開催(2024年11月21日)
- ワオ高校、通信制高校で海外を目指す 海外大学進学セミナー 23日オンライン開催(2024年11月21日)