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2017年12月21日

日本初の経験者・中村さんが語る「プログラミングで教科を学ぶ」難しさ

2015年、あの松田 孝 氏(現・小金井市立前原小学校校長)が校長を務めていた多摩市立愛和小学校で、3年生から6年生まで年間15時間、教科(総合的学習の時間)でプログラミンを教えてた人がいる。私が知る限り、公開授業や研究授業ではなく、年間にこれだけの時間数のプログラミング授業を小学校で計画的に行ったのは日本初だと思う。その人は、小学生向けプログラミング&STEM教育スクール「ステモン」を運営するヴィリングの代表、中村一彰さんだ。

「ステモン」代表の中村一彰さん

「ステモン」代表の中村一彰さん

中村さんは、埼玉大学教育学部で小学校教員資格を取得。教師になるつもりだったが教育実習など現場の体験を積む度に理想と現実のギャップを実感、教師は断念して不動産業界に就職した。その後、ITベンチャー企業で実績を積み、起業を目指して独立した。やるなら教育と決めて、最初の半年は日本中の塾やスクールを見て回った。海外へも行ってみた。「やっぱりIB(国際バカロレア)はいいな」とか「運動と脳の学びもいいな」などと考えた末、「探究型学習スクール」を立ち上げる。しかし、生徒はさっぱり集まらず、借りたばかりの教室を一度も使わないで解約するという苦難を体験した。再び事業を見直した際に「STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)」に出会い、これしかないと決めて再スタートを切った。

「ステモン」の教室風景

「ステモン」の教室風景

いまから5年前である。同じ頃、ICT教育ニュースもスタートしており、当初から「ICT活用」「科学教育」「プログラミング」などをキーワードにしていたが、「STEM」は認識していなかった。STEMの考え方は1990年代には米国ですでに存在していて、STEMの呼称を使うようになったのは2003年頃からだという。しかし日本ではまったく認知されていなかった。まだまだ早すぎたのだ。

それから2年、学童保育やプログラミング教室を運営していた中村さんは松田校長と出会い、「1年間通して授業でプログラミングをやってみたいんだ」と相談を受けることになる。2014年の秋、政府が小学校でのプログラミン教育必修化を発表する1年以上前である。

初めてのカリキュラム編成

松田校長は当初、1年から6年まで全学年でやりたい、と希望した。しかし、計画を進めてみると授業時間がとれない。結局、総合的な学習の時間で実施することに決まった。そのため、総合的な学習の時間のない1、2年は実施できなくなってしまった。

愛和小の公開授業で登壇した中村さん(左)と松田校長(右)(2015年10月)

愛和小の公開授業で登壇した中村さん(左)と松田校長(右)(2015年10月)

中村さんはプログラミング学習については経験があったが、小学校のカリキュラム編成はもちろん初めてである。そこで、イギリスのプログラミング教育を参考にしたり、ステモンにカリキュラム開発責任者として参画している米国タフツ大学(ボストン)の石原正雄氏にアドバイスを受けたりしながらカリキュラムを開発した。

はじめに取り組んだのは「プログラミング教育実施案と基本的な考え方」の作成である。

カリキュラム概要は、「本カリキュラムでは全7回(各2時間)の授業の中でプログラミングの重要な考え方を理解すること、それらの考え方を利用するためのスキルを学び、実際に習得スキルを使って作品作りに取り組む」というもの。

目標設定については、以下に示す「3つの領域でのプログラミング関連の知識とスキルの習得を目標とする」と決めた。

1.プログラムを設計(デザイン)、作成(コーディング)、修正(デバッグ)して特定の
目的、目標を遂げる。その中には物理的なシステムを制御したりシミュレーションしたりすることも含まれる。問題を解決可能な小さな単位に分解すること。
2.プログラムの中で順次実行、条件分岐、繰り返しを適正に使用すること。変数、多様
な入出力を使って作品を作ること。
3.論理的な推論を用いて簡単なアルゴリズム(手順)の動きやしくみを説明すること。アルゴリズムやプログラムの中の誤りを見つけたり、修正したりすること。いろいろな入力や出力について知ること。

実際にプログラミング授業に使用するツールの候補は、「ScratchJr(スクラッチジュニア)」「Scratch」「ビスケット」「Hour of Code」などのビジュアルプログラミング言語から、回路、ロボットプログラミングまで様々あるが、学校で使用できる端末や環境にあわせて選定した。

その結果、次のようなカリキュラム構成となった。*1回2時間枠で実施。
第1回~第3回:iPadとScratchjr 、Hour of Codeを使用
第4回~第6回:ChromeBookとScratchを使用
第7回:Artec ロボとStudinoを使用

もちろん、本カリキュラム実施前後の生徒の能力、理解度を測定するため、カリキュラム開始前と終了後に同じ調査を実施して効果測定をすることにした。

実際にやってみて驚いた事

さて、万全の準備を整えて初めての授業に向かった中村さん。教職免許を持っているものの本格的に教壇に立つのは初めてのこと、緊張感で足が震えそうになったという。

愛和小でプログラミングの授業をする中村さん(2016年3月の公開授業)

愛和小でプログラミングの授業をする中村さん(2016年3月の公開授業)

実際に授業を始めて驚いたのは、子どもたちがiPad慣れしていること。iPadを使った初めてのプログラミング授業、さぞかし子どもたちは戸惑うだろうと予想していたがまったくそんなそぶりがない。かえって、iPadやアプリの操作方法の説明では、退屈しているようにさえ見えたという。愛和小学校では2013年の秋から、1人1台タブレット端末の環境を構築し、iPadの操作にもアプリやデジタルコンテンツの扱いにも慣れてるのだ。プログラミング教育の前にICT環境、ツール慣れしていることがいかに大切か思い知らされたという。

初めて教壇に立つこと以外に中村さんが不安だったのは、指導者が自分一人で大丈夫だろうかということだった。端末やアプリ操作はもちろんだが、プログラミングツールの基本的な操作など、一人ひとり対応していたのでは授業が一向に進まない恐れがある。

しかし、それもまったくの杞憂だった。クラスの中にはゲーム慣れしていたり、要領のいい子どもがいて、分からない子には率先して教えてくれる。こちらから支持しなくても教え合い、学び合いが自然に発生していったという。

ゲームを作るプログラミング授業

ゲームを作るプログラミング授業(2016年3月の公開授業)

カリキュラムのはじめの頃は、一斉授業の形式で最初に「こういうの作って」と基本のスクリプトを渡して、ちょっとした動きを使ってテーマに沿ったものを作っていた。慣れてきて、学んで欲しいコアを守って何を作ってもいいとなると、子どもたちはパワフルになっていろいろ作り始める。出来たものは発表して、教わったり、真似したり、出来るタイミングもバラバラになっていったという。

そこで中村さんは、一斉授業型から個別学習型に転換した。その回の目標ラインは全員達成を目指しながら、応用、展開、深化は子どもたち個々に任せる。レベルによって進度が異なってくるため、発表も一斉ではなく「できた~見て~」と子どもたちが見せ合うかたちになっていき、自然に協働学習的な授業が展開した。もちろん、主体として運営している担任教師も、プログラミング授業のツボを学ぶことになった。ただテーマ設定が難しいのは、課題が易しすぎると飽きてしまい、難し過ぎると諦めてしまうという点で、授業が活性化するほどほどの難易度設定に苦労したという。

「プログラミングで教科を学ぶ」難しさ

日本初の公立小学校でのプログラミング授業は、子どもたちのプログラミング体験でも、教師たちのスキルアップでも一定以上の成功を収めたという。そこで中村さんに、今年3月文部科学省が公示した「新学習指導要領」で示した、「プログラミングで教科を学ぶ」ことは可能か聞いてみた。

するとすかさず、「教科の中でプログラミングを使って教えるのは、かなりハードルが高いと思います」という答が返ってきた。

実は、中村さんは今年4月から、松田校長の小金井市立前原小学校で教員として5年生理科の教科担任を務めている。公立小学校でのプログラミング教育実績があり、プログラミング&STEM教育スクール「ステモン」を運営している中村さん。さぞかし理科の授業でプログラミングを活用しているのかと思ったら「まったく出来ません」とのこと。

「やらない」のでは無く、「出来ない」のだという。「単元を元に授業設計をするんですが、教科書に紐付いた指導書の完成度が高いので、その通りに進めるのが一番効果的、効率的に思えるんですよ。日本の教科書メーカーは凄いです」と感心する。指導書の完成度を乗り越えて、オリジナルの「プログラミングで学ぶ」に挑戦するのは簡単ではないという。

手をこまねいているのかというとそうではない。現在、大阪市教育委員会と取り組んでいるのが、6年生の算数で「拡大図と縮図」を、5年生の理科で「振り子」をプログラミングで学ぶ授業だという。PCの特徴である「圧倒的なシミュレーション能力」を活用したプログラミング授業を実践している。しかし、振り子の原理からプログラミングすることが本来の「教科を学ぶ」なのだが、それはハードル高いという。

ステモンの学習風景

ステモンの学習風景

学校内のスキルやノウハウで「教科をプログラミンで学ぶ」ことや「プログラミングを学ぶ」事には限界がある。新しい学習指導要領が示すように「地域や外部の力を借りる」ことが必要だろう。そして、もっとやりたい、もっと学びたい子どもたちのためには、中村さんが運営する、プログラミング&STEM教育スクール「ステモン」のような学校外の場での学びが必要になってくるだろう。プログラミング教育の必要性について中村さんは、「IT人材が足りないからやるというのではコンセプトが違う。子どもたちの創造性を磨くのに、プログラミングやコンピューティングがいい。創造力、表現力、問題解決能力を伸ばすことができる」と語る。

「プログラミング教育ブームは去った」などという声も聞こえるが、それは一部の業界でのこと。教育現場のプログラミング教育は、まだまだ始まったばかりである。

関連URL

プログラミング&STEM教育スクール「ステモン」

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