2016年11月30日
ICTで過疎化に挑む 喬木村の遠隔地合同授業から未来へ
文部科学省は、2020年の小学校を皮切りに中・高と順次「学習指導要領の改訂」を実施する。その理念として、「社会に開かれた教育課程」を標榜しており、「社会や世界の状況を幅広く視野に入れ、学校教育と社会づくりが教育課程を介して理念を共有すること」、「社会や世界と関わり合っていくこどもたちに求められる資質・能力を明確化すること」、「学校教育を学校内に閉じずに、社会や地域と共有・連携しながら実現させること」という理念を掲げている。
つまり、これからの学校教育は、地域や社会と共に歩んでいくと言うことである。
20世紀、都市や工業地帯を中心に成果を謳歌した高度経済成長。取り残され、過疎化という課題に直面する地域では、21世紀の第4次産業革命に向かう社会とどう向き合っていくのか。ICTの活用は、過疎地の未来を開く扉でもある。
長野県喬木村は11月25日、文部科学省委託事業「人口減少社会におけるICTの活用による教育の質の維持向上に係わる実証事業」の「第二回 遠隔合同授業公開研究会」を開催した。
この事業は、過疎化・少子高齢化が進む人口過少地域において、小規模学校の教育上の課題を克服するため学校同士をICTで結び、年間を通じて合同学習等を実施し、指導方法の開発や有効性の検証などの実証研究を行う、というもの。全国で12の地域が参加している。
喬木村では、中規模校の喬木第一小学校と小規模校の喬木第二小学校を、パイオニアVCのビジュアルコラボレーションシステム「xSync Prime Collaboration(バイ シンク・プライム・コラボレーション)」で結び、遠隔授業の協働学習を展開している。
この日の公開授業の1時間目は、5年生の総合的な学習の時間、単元名は「来てみてよ喬木村!~喬木村をアピールしよう~」というもの。
グループ毎に、自分たちが伝えたい喬木村の良さについて調べたり、外部の人の話を聞いたりしてまとめ、それをチラシやポスター、看板などにして発信しようという取り組みだ。
公開授業の行われる第一小学校のアクティブ・ラーニング教室に入って驚いた。昨年の第1回の公開研究会のときにはなかった、カメラとスピーカー、マイクを接続したタブレットがテーブル上に設置されているのだ。
昨年までは、電子黒板とカメラを双方で共有することで、2つの教室を1つにして一体感のある協働学習を創出していたが、今年は、タブレットを使ってグループ毎の協働学習を可能にしたようだ。
授業開始とともに、早速マイクを握って第二小学校とのやりとりが始まった。最初にやるのは、今日の進行手順。検討する課題やテーマ、作業手順などの時間割を共有する。
もちろんこれまで遠隔授業は何回も行ってきているから、お互いの顔や名前は同じクラスのようにわかり合っている。
喬木村の空き家問題をテーマに研究しているグループは、外部の協力者に電話をかけて取材を開始。先生から借りた携帯電話にマイクを近づけて、第一小学校のメンバーも共有できるように配慮する。
インタビュー後のまとめは、タブレットのホワイトボード機能を使って互いに書き込んで共有する。
喬木村の村花「くりん草」に付いて調べているグループには、ゲストが登場。マイクを片手にくりん草の性質や育つ環境、育て方などを教えてくれた。
また、第二小学校にもゲストが登場し、くりん草を増やすのに苦労したことや難しかったことを語ってくれた。
両方の教室からゲストへの質問が往き来して、同じ教室で活動しているかのようだ。お互いがマイクを持って話し出すバッティングのような場面もなく、遠隔授業のルールやマナーが1年間で浸透しているのが伺えた。
空き家グループのスピーカーからやや大きな声が聞こえてきた。
「“空き家を作らないで”じゃダメだよ。意味がよく分からない。ここは“家を捨てないで”の方がいいと思うよ」という、第二小学校のメンバーからの発言。
「“空き家を作らないで”でいいんじゃないかな。それに、チラシ10枚コピーしちゃって、今色づけしているところだから」。「ええ~作っちゃったのかあ。じゃあしょうがないなあ」。
ここで先生が、「先週決めるとき確認したんじゃないのか」。下を向く一小のメンバー。
確認してなかったのだろう。失敗である。だが、彼らはこれで学んだはずだ。遠隔授業で一体になっていたつもりでも、大切なことはしっかり確認し合わなければならないということを。
つづいて二小からの発言。「じゃあそれ作ったあとどうするの?」。「配付する予定だけど」と一小。「ええ~配るより貼った方がいいんじゃないのかな。その方が多くの人に見てもらえるからね」。確かにその通りである。「一小の方って駅はないんだけっけ」。「駅はないよ」。「じゃあ、飯田駅に貼る?」。「ダメだよ。飯田駅は、喬木村じゃないもの」。確かにその通りである。こうして、議論は深まっていくし、考えも多様になっていく。
2時間目の4年生国語の授業は、「ごんぎつね ~兵十の気持ちを友だちと伝え合おう~」。
「ごめん」「後悔」「ありがとう」「不思議」のどの気持ちを感じたか。文章のどの部分で、なぜ感じたかを発表し合う。授業支援アプリを使って、考えを共有したり、自分の意見を述べ合ったり。第二小学校の6人の児童にとっては、第一小学校の25人と意見や考えを共有するのは画期的な体験になる。
2015年度の児童を対象にした「事業前後調査」では、小規模校(第二小学校)において授業自体や協働的な学習に関わる関心・意欲・態度で向上がみられたという。一方、中規模校(第一小学校)では、さしたる効果は現れていない。この事業が、小規模校の課題解決を目的としているのだから、一義的な目的は達成しているのだろうが、長期に亘って継続するためには両校にメリットがなければ続かないだろう。
今回の事業やICT活用教育を通じて、村をどうしていこうとしているのか、全国ICT教育首長協議会の理事も務める喬木村の市瀬直史 村長に話を訊いた。
はじめに、今回の事業を進める理由については、「過疎地域の学校で児童生徒が減少してくると、“統廃合”という話が出てくる。喬木村は第一小学校のエリアと第二小学校のエリアの間は山と谷で分断されている。小規模校の第二小学校を統合と言うことになったとき、通学がとても大変になるのでなんとしても残したい。今回の事業は、離れた二校が1つの学校のように運営できることを目指したもので、喬木村の現状に即している」と、その意味を語った。
今回の事業で得られる効果については、「小学校は2校だが中学は1校。第二小学校の児童が中学に入学したとき、見たことも話したことも無い大人数の同級生に萎縮して “中1ギャップ”が起きてしまうことがある。小学校の時から遠隔授業で交流し合い、顔なじみになっていればそうした心配は少なくなる」と、交流学習の成果を期待する。
ICT活用教育の目的については、「リニア新幹線の駅が近くにできたり、新しい高速道路が開通してインターチェンジが村内にできたり、明るい未来を期待することも出来るが、それだけで村の魅力がアップするとは思っていない。ICTの進化でどこにいても仕事が出来るようになったとき、喬木村が“高度で先進的な教育を提供している”ことが、現在の住民はもちろん移住を考える人にとっても大きな魅力になることだろう。もちろん村のICT基盤は、教育以外にも村全体で利用する。高齢化対策にも活用する。その第一歩として、村議会議員に1人1台情報端末を配付した」と、ICT活用での村づくりを視野に入れているようだ。
最後に市瀬村長が子どもたちにICT活用で期待することを訊いてみた。
「小学生はとにかく“ものおじしない子ども”になって欲しい。中学生は、良い学習習慣を身につけて欲しい」。シンプルだが難しい課題を掲げている。
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