2022年2月17日
ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第17回 タブレットを筆記用具にして学ぶ
ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第17回
読み書きが苦手な子どもがタブレットを筆記用具にして学ぶ 〜宿題編〜
前半:印刷物障害と手書き文字障害

1. 印刷物障害と手書き文字障害
印刷物障害という言葉があります。もともとは英語の言葉でPrint Disability(プリントディサビリティ)といいます。印刷物障害は紙の印刷物から情報を得ることが難しい状態のことを表します。印刷物(プリント)で情報を渡されると困る状況はさまざまです。例えば紙に書かれた文字が見えない,小さな文字は読めない,難しい漢字がわからない,プリントを手でもったりめくったりできないなど,さまざまな状況で印刷物障害が生じます。印刷物障害はいろいろな障害とも関係するということが頭をよぎる方もいるのではないでしょうか。印刷物障害は視覚障害の人や読み書き障害の人、知的障害の人、日本語が第一言語でない人、本がめくれない肢体不自由の人など、様々な障害のある人が印刷物との間で経験する困難を含み、印刷物でしか情報が無いことによって生じる社会的な障壁(バリア)を表しています。
文字を読むことが極端に苦手な人は読み障害または読み書き障害と言われます。読み書きの能力というのは小学校に入って学ぶ中で身につけるものですが,それがなかなか身につかない状態,または,一度身についてもしばらくするとまたできなくなってしまう,読んだり書いたりする以外のことは問題なくできるのに読み書きだけが苦手である状態が読み書き障害です。
印刷物障害と読み書き障害という2つの言葉は似ていますが,その言葉の背景に大きな違いがあります。印刷物障害は,情報が印刷物に限定されると起こる,つまり特定の環境で現れる壁に名前をつけています。印刷物障害が生じているのであれば,印刷物以外の選択肢を用意する(例えば,音声ファイルとか電子ファイルを配る)ことによってそのバリアを低くすることが可能です。しかし,一方,読み障害では,読むことを習得しにくい個人の特性に名前をつけています。
印刷物障害という言葉は,障害は多数派中心で作られた社会の仕組みによって生じるという「障害の社会モデル」の考え方を反映しています。これに対して,読み障害のように個人の身体機能・認知機能の問題として障害を捉える見方は「障害の個人モデル(・医学モデル)」です。

さまざまな障害のある子どもへの教育を担う特別支援教育の分野では,これまで子どもの苦手なことやできないことに注目し,それを改善するためにどのような教育的指導や工夫ができるのかに取り組むことが主流でした。つまり,障害を個人モデル的な視点で捉えてきたと言えます。しかし,日本は2011年に国連の障害者の権利に関する条約(通常,障害者権利条約)を批准しています。この障害者権利条約において障害の捉え方は個人モデルから社会モデルへと転換されました。したがって,これまで個人モデルに軸足があった特別支援教育も,社会モデルに移行する必要があります。
子どもたちが学ぶ学校に目を移してみると,授業を受けたり宿題をしたりテストを受けたりといった場面で生じる障壁(バリア)は、教科書を読んだり,プリント資料を読んだりして情報を得る際に生じる障壁(=印刷物障害)だけではありません。子どもたちは頭の中で考えたことをノートに書いたり,原稿用紙に書いたりして,他者に伝えることを通して学びを深めます。そのような活動の中では文字を手書きすることが主たる手段になるため,手書きができないと学習に参加することが阻害されます。情報のアウトプットの方法として手書きは便利ですが,手書きしか学ぶ手段がなければ大きな障壁にぶつかります。つまり「手書き文字障害」が生じてしまうのです。
本項では読み書きの困難さを「印刷物障害」「手書き文字障害」として捉え直し,連載後半では、子どもたちが学校の中の学習場面において,具体的にどのような障壁(バリア)を経験しているのかを考えます。そして,生じている障壁(バリア)に対してICT機器による学習保障がどのように展開できるのかを紹介します。このような学校の中の当たり前によって生じているバリアに気づくことがICTを教育に生かす鍵になります。なぜなら,読み書きが苦手な子どもは単体で学校の中に存在しているわけではありません。学校の先生の授業スタイル(板書中心,会話中心,プリント中心,演習中心など)や教科で取り扱われる資料の形式(文字多め,図表多め,動画多めなど),学校の中で当たり前になっているルール(作文は縦書きで原稿用紙に書くなど)によって,子どもが学ぶ場の中に壁が現れます。子どもの中に障害を見つけようとすれば,読み書きの困難さは状況によって現れたり消えたりするために,先生にとっては捉えどころがなく,煙に巻れて迷子になってしまうでしょう。そして,子どもの中に障害を見つけても解決策が現れるわけではありません。しかし,仕組みの中に障害(障壁・バリア)を見つけたならば,それを減らすための具体的努力ができます。そしてICTはそのバリアを低減するのに役立ちます。
イラスト提供:Atelier Funipo
《執筆者プロフィール》
・平林ルミ(ひらばやしるみ)
学びプラネット合同会社代表。専門は特別支援教育,特に学習に困難のある人へのテクノロジーを用いた学習補償・環境調整,読み書き評価の開発,読み書きの指導法開発に従事。言語聴覚士,公認心理師,臨床発達心理士,特別支援教育士スーパーバイザー(SENSE-SV)。読み書きが苦手な子どもたちへのICT活用に関する情報をブログ「平林ルミのテクノロジーノートALT」で発信しながら子ども向けワークショップや教員研修を行っている。2020年9月より学びプラネット合同会社を開始。
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