2024年2月1日
ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第22回 知的障がいがある子どもへのスポーツ指導における配慮(後編)
知的障がいがある子どもへのスポーツ指導における配慮
埼玉県立本庄特別支援学校 教諭 樋口進太郎
前半で紹介した、彼の苦手なことやニーズを踏まえ、小久保さん自身が前向きに、彼の力を最大限発揮できるように、以下の観点を大事にしながら指導・支援を行いました。
①スモールステップで「できた」を実感
彼の知的発達段階に応じて、幅跳びの動作を細分化し、スモールステップで「できた」を積み重ねられるようにしました。
走り幅跳の助走距離は40mほどあります。今の小久保さんはその助走距離を18歩で走りますが、最初の段階では「1mを2歩で」から始めました。2歩が上手にできたら4歩に伸ばし4歩ができたら6歩に伸ばすというように、段階的にスモールステップで歩数と距離を伸ばしていきました。
また、「腕をこう挙げて脚をこうする」と言葉で伝えても、なかなかうまく伝わりませんでした。そのため、彼も知っているゲームのキャラクターを例えに出し、「○○のジャンプのように跳んでみよう」と伝えました。小久保さんにとってイメージしやすい例えを伝えることでスッと理解できたようで、すぐに習得することができました。
また、着地の練習においても立ち幅跳びから始めたり、エバーマットに着地する練習をしたりと、様々な観点から練習メニューを組み立て、段階的に習得することができました。
このように焦らず一つひとつの基本を「できた!」と実感しながら、自信を持って練習にも取り組むことで段階的に習得していったことが走り幅跳び習得へのポイントだったと感じています。
②客観的に振り返るための動画分析
自分が跳んでいる姿を「映像を見て確認する」取り組みを行いました。助走・踏切・空中動作・着地の練習をしていく中で、自分のイメージと実際の動きの誤差をなくすためです。小久保さんに「腕をもっと高く挙げて」と言っても本人は高く挙げているつもりでいますが、そのような時には映像を見ながら「腕が頭の上まで挙がるといいね」と伝えると次はどうしたら良いのかがとても理解しやすくなります。映像を確認することで、小久保さん自身も自分では腕を挙げているつもりでも挙がっていなかったり、無意識に目線が下がっていたりと様々なことに気づくことができました。
また、アプリ「Technique」を活用し、動きの比較も提示しました。良いときの動きと今の動きを確認することにより、どこが違うかを確認し、どのように修正していったら良いか理解することにつながりました。また、動画を残しておくことで、自宅でも振り返りができました。小久保さんは覚えたこともすぐに忘れてしまう傾向があるため、良いイメージを忘れず、次の練習でも良いイメージのまま練習に入れ
るという利点もありました。
私は、小久保さんの映像を撮ることはもちろんですが、他の選手のものも撮りためていくようにしています。全ての映像を活用する訳ではありませんが、「この選手のこの部分は小久保君の良い見本となりそうだ」と感じた部分を小久保さんに活用したりしています。
③痛みや疲れ、気持ちを数値化する練習日誌
小久保さんは練習が終わると毎日練習日誌を書くようにしています。その中で、トレーニングメニューを書くことはもちろんですが、脚の疲れや痛みも書くようにしています。疲れや痛みなどに関して、「0123」の中から当てはまるものに丸を付ける形にしました。このチェックを彼自身がすることにより、自己理解や客観視ができ、怪我の防止にもつながると思ったためこのような形式での記録をつけています。自分の今の状態を流暢な言葉として伝えることが苦手な小久保さんの今の状態を知り、メンタル面のサポートや練習内容の組み立てにも役立てることができています。
④うまくできない日は無理にやらない選択も大事
練習が好きな小久保さんではありますが、うまくいかない時には思い切ってその練習はやめて違うメニューに切り替えるようにしています。なかには「これができるまでは終わりにしない」といった練習法もありますが、小久保さんにとっては逆効果だと感じたからです。うまくいかないことによって、自信がなくなったり、悪いイメージを植え付けてしまったりすることを回避する意味もありました。また、疲れだけが残ってしまい、次の練習にも影響が出てしまうと考えています。そのため現在も、練習は「良いイメージで終わること」を意識して取り組んでいます。
■活動を振り返って
今回、パラリンピック出場を目指し走り幅跳びに取り組んできましたが、その中で大きな成長を見ることができました。それは、競技者としてだけではなく、人としてとても大きな成長を遂げたと感じています。パラリンピックは4年に1度の大会ですが、練習や遠征を経験することで、その「今」がとても豊かになっていきました。全国各地だけでなく、海外に行く経験もできている点だけでなく、できることも増え、自立心も育ちました。例えば、小久保さんは漢字の読み書きが苦手ですが、練習ノートを書くことで漢字を覚えて書くことができるようになってきました(写真5)。また、遠征中の洗濯を自分でしたり、部屋で食事をした際に食器を洗ったりする経験が、日常生活でも生きています。
大会等での遠征においても、自らアラームをセットして朝起きることや食事のバランスも考えられるようになってきました。これは競技を辞めた時にも人生の財産として彼の中に残るものだと思っています。パラリンピック出場が目標ではありましたが、それを叶えるためにたくさんの経験ができ、とても貴重な体験をすることができました。実際に、パラリンピックに出場することができましたが、もしも出場できていなかったとしても、小久保さんのこれらの成長は変わらなかったと感じています。そう考えると、パラリンピックという夢の舞台やそれに向けた日々は、障害がある選手たちの成長の場であり、その時を充実した時間にできる素晴らしい大会なのだと感じています。
□ICTで学びを保障する“合理的配慮”シリーズ第21回 知的障がいがある子どもへのスポーツ指導における配慮(前編)
執筆者プロフィール
日本体育大学卒業。2008年より現職。2015年現任校である埼玉県立本庄特別支援学校に着任。
2013年より、日本知的障がい陸上競技連盟強化委員に携わり、数々の国際大会を経験。令和3年に開催された東京パラリンピックでは日本代表コーチとして帯同し、小久保選手の入賞にも尽力した。「障がいのある子どもたちの可能性を広げる体育やスポーツ指導」について多くのメディア等で取り上げられ、登壇経験も多数。
サムネイル作成・イラスト・写真加工:Atelier Funipo
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